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少女の元へ


 思わず眉を顰めてしまったが、麗度の表情は真剣そのもので、あえて言うならば冗談を思いついたとしても次の日に突然口にするような奴だから、嘘ではないのだろう。少なくとも、そう思い込んではいる。


 本務を再度振り返って見てみるが、彼女は澄ました表情でカップを傾けるだけで何も言わない。けれど、その視線は、興味深そうに麗度へと送られていた。


「まあ、とりあえず座れよ」


 話だけでも聞くために椅子を勧めると、口をつぐんだまま、しかし好奇心を抑えきれないのか部屋内を見渡しながら麗度は座った。


「それで、誰が取り憑かれたって?」


「隣に住んでる、佳奈ちゃんって子だ。今年でたしか小学六年生だったと思う」


 淹れたてのコーヒーを渡しながら尋ねると、べつに聞いてもいない情報まで伝えてくる。


「"こっくりさん"が流行ってるっていうのは、その子から聞いた話なんだ。で、いつもは物静かで大人しい子なんだけど、さっき帰りに偶然会って挨拶したら、普段と違って元気に挨拶を返してくれたんだ」


「どこが悪いんだ? 学校で良いことでもあったんだろ」


 口を挟んでみるが、麗度は軽く頭を横に振った。


「いや、あれは何ていうかクスリでもやってるような勢いだったし、それに――」


「それに、なんだ?」


「……あの子、足でカエルを踏みつぶしてたんだ。すごく楽しそうに」


「それは……おかしいな」


「だろ?」


 話を聞く限り、その佳奈という少女は大人しいが、けして小動物を虐めて楽しむような不気味な子ではなさそうだ。それならば、取り憑かれたと考えるのも不思議ではなかった。


「本務」


 おかしいとは思うが、判断しきれなかった僕はとりあえず本務に判断を仰いでみる。


 今まで無表情で話を聞いていた彼女は立ち上がると、腰に手を当てながら告げる。


「まずは会ってみないと何とも言えない」


「いや、俺は渡須に相談しに来たんだけど……」


「小学六年生と言えば多感な年頃だ。何かに影響を受けて性格が一変しただけかもしれない」


「あの」


「案内してくれたまえ。佳奈という少女のもとに」


 四月に会ったばかりの同級生に何を言おうとしても遮られ、困ったような表情を浮かべた麗度は、僕に助けを求めるような視線を送ってくるが、僕は曖昧な笑顔を浮かべることしか出来なかった。


 本務が先を歩いているのを見ながら、僕らは抑えた声で話し合う。


「おい、なんで本務さんが来るんだ」


「なんていうか、彼女もオカルトに詳しくて、こういう事は頼りになるんだ」


 嘘は言っていない。しかし、麗度は納得していないのか声を荒げる。


「俺に黙ってたな」


「お前なら知ってると思ってたんだよ」


「ああ、毎日のように学校が終わると俺の誘いを断って何処かに直行してたのはな」


「べつにいいじゃないか。僕にだって秘密の一つ二つぐらいあるさ」


「彼女が出来たんだったら教えてくれてもいいだろ」


「かかかかか彼女?」


 突拍子もない発言に、思わず動揺してしまって声が裏返った。慌てて口を押えて本務をチラリと見たが、気づかなかったのか、気にしていないのか、前を歩く本務は振り向きもしておらず、胸を撫で下ろす。


 顔を戻すと、麗度のニヤニヤした笑いが僕に向けられていて、なんとも不快だった。


「彼女じゃない。強いていうなら雇用主と雇い人の関係だ。弱みを握られているんだよ」


「へぇ、そうかい」


 口では納得しているが、目元がニヤケており、まったく信じていないのがわかる。ぶん殴ってやりたい。


 何とかその衝動を抑えて、分かってもらおうと口を開く。


「いいか、とにかく僕らはそういう関係じゃない。ただ、頼りになるのはたしかだから、連れていく。分かったな」


「わかったわかった。あとは本務さんに聞くとするさ」


「あ、おい!」


 僕の制止も聞かずに、麗度は本務の傍まで走っていくと何か話しかけている。本務も満更ではないのか、質問に答えているようだ。


 僕はしばらく歩きながら二人の後ろ姿を睨んでいたけれど、どうにも麗度の言っていたことが心の隅に引っかかって考えてみることにした。どうせ二人を睨んでいても何も解決しないしね。


 まず、僕らはあくまで探偵と助手といった関係だ。それはいつも本務自身が言っているから間違いないはず。


 たしかに毎日、通い妻の如く本務のいる理科準備室に通ってはいるし、休日には本務からの電話を受けて長々と話してはいるが、それは僕が彼女に借金を抱えているせいで嫌々やっていること……まあ、本務とオカルト論議をするのは楽しいし、勝てないゲームを挑むのも悪くないが、それはあくまで僕を暇つぶしの道具にしているのだろう。


 けれど、思い返してみれば、本務は報告に来ない僕を一晩中待ち続けたり、何もない休日であっても事あるごとに二人で出かけたりする。


「いや、まさかな」


 あえて口に出して否定することで、頭の中に浮かんだ推測を振り払おうとする。小説の読み過ぎだ。


 しかし、一度頭に浮かんだ思いは、僕の思考にガムのように張り付いて剥がれようとしない。


「おーい」


 その時、後ろから声が聞こえた。


 頭を上げて振り返って見ると、いつの間にか周囲は閑静な住宅街になっていて、随分遠いところで本務と麗度が僕を見ている。


「そのまま天竺てんじくにでも行く気かい」


「声かけても反応しないから、お前まで取り憑かれたのかと思った」


「いや、ちょっと考え事しててさ」


 慌てて戻ると、二人が軽口を言ってくるので苦笑混じりの言い訳をしておくことにした。


「それで、ここが佳奈ちゃんの家なのか」


 辿り着いた先は、ごく平凡な二階建ての家で特に変わった様子はない。


「そうだ。この時間は佳奈ちゃんが一人で留守番してると思う」


「ふむ。それにしては静かすぎるね」


 本務が無造作にインターホンを鳴らす。チャイム音は吸い込まれるように消えたはずなのに、何故か耳に残った。


 そして、その音と引き換えのように誰かの視線を感じ、思わずインターホンに併設されているカメラを見てしまう。画面の向こう側では、得体のしれないナニカがこちらを値踏みするかのようにこちらを見つめているような気がしてならない。


 しばらくして玄関から出てきたのは、肩までの髪を適当に縛った少女だった。


 しかし、その目は鋭く僕らを観察している。


「やっほ、佳奈ちゃん。友達が一緒なんだ」


 少女が出てきてからも、誰も一言も発しない雰囲気に耐え切れなかったのか、麗度が軽い挨拶を投げかける。


 佳奈と呼ばれた少女は声の主を素早く睨みつけると、不意に固い表情を崩した。


「なぁんだ、お兄ちゃんかぁ。知らないヒトが来たと思って怖かったー」


「はは、ごめんごめん」


「上がって。お父さんもお母さんも今日は帰るのが遅いんだって言ってたから、遊んでよ」


「あ、ああ、いいよ」


「まって」


 麗度が玄関先にある門を開いて敷地内に入ろうとすると、佳奈ちゃんは小さい手の平をこちらに向けて止めてくる。その表情は笑顔を作っているものの、その眼つきは笑っていない。


 そのままゆっくりと手の形を変え、僕の隣に立つ本務を指さす。


「その女は、だめ」


 少女の口から発せられたとは思えないほど、冷たい声音だった。


「……おや、年上を女呼ばわりとはいい度胸をしているじゃないか」


「はっ、ちょっと先に生まれたってだけで年上ぶらないで」


 二人はさも知り合いであるかのように会話を交わし、しばし睨み合う。


「……いいさ。ボクは外で待っているとしよう。頼んだよ、渡須クン」


 永遠に続くかと思われた睨み合いは、本務が視線を切ったことで終わりを告げ、そのまま彼女は身を翻して去って行ってしまう。僕が止める暇もなかった。


「さあ、邪魔者は消えたし、上がって」


「あ、ああ。ほら、渡須」


「お、邪魔します」


 本務の事だから、何か思惑があっての事なのだろうけれど、不安で仕方ない。しかし、僕は言われるがままに家へと踏み込んでしまうのだった。



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