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素直じゃない探偵


 五月に入ったは良いものの、特にコレといった事件は起きず、僕は酷くつまらないが平凡な毎日を過ごしている。


 事件といえば、多田村のお兄さんはあれから背後に紫鏡が見えることは無く、今では元気に大学生活を楽しんでいるらしいが、どちらかと言えば勉強よりもバイトの方に専念していると多田村から聞いた。


 あの事件の後、多田村兄弟は帰ってきた両親にこっぴどく怒られたらしい。


 まあ、帰ってきたら居間にダンベルや割れた鏡の破片が散乱していれば、どんな親でも怒るだろう。


 毎度のことながら、いつの間にやらお兄さんと連絡先を交換していた本務は、知らないうちに報酬の話を済ませていたらしく、多田村経由で時折、封筒が僕に渡されるのだが、それのせいで僕が多田村を脅して金を巻き上げているという噂が立ち、揉み消しに奔走した。主に動いたのは麗度だったけれど。


 おかげで、僕の周りに近づく人間がますます減り、こちらとしてはいい迷惑である。人の噂も七十五日と言われているが、二ヶ月も待っていたら夏休みになってしまうじゃないか。勘弁してくれ。


 ちなみに、今回の報酬で理科準備室には、どうやって持ち込んだのか大型の本棚と、革張りの柔らかそうな椅子、そして校長室にでもありそうな大型の書斎机が設置された。


 もちろん僕の分は無いので、どこかの教室から失敬してきたパイプ椅子に今は座っている。


 * * *


「そんなに思い詰めたところでキミの負けはもう見えているのだから、素直に投了したまえよ」


 僕が頬杖をつきながら盤面を睨んでいると、向かい側に座る本務がニヤニヤとした笑いを浮かべながら焦らせてくる。


「うるさいな。今から逆転するためにの手を考えているんだから、少し黙っててくれ」


 そう口では反抗するが、手持ちの駒はすでに少なく、僕はヤケクソぎみに騎士ナイトの駒を移動させた。


「キミは本当に分かりやすいな。ちょっと焦らせただけで簡単に思った通り動いてくれる」


 本務は僕の騎士ナイトの駒を取り除くと、その位置に女王クイーンの駒を置き、「チェックメイト」としたり顔で呟く。


 僕は頬杖の上にあった頭をがっくりと項垂れると、そのまま頭を抱え込んだ。


「ああ……また負けか。お前も勝ち続ける勝負ばかりでつまらなくなったりしないのか?」


「そんなことないさ。キミとの勝負は三百二十八勝十七敗だから、勝ってばかりでもない」


 本務はゆっくりと椅子に体を預けると、肩を竦めながら答える。まるで謙遜しているようにも見えるが、顔には勝ち誇った笑みが浮かんでおり、性格の悪さがにじみ出ていた。


「ハイハイ。お前は強いよ」


 最初の頃であれば、悔しさから心の中で地団太を踏んだりしたものだが、すでに慣れっこになってしまった僕は、コーヒーを入れるために立ち上がりながら褒めておく。


 慣れとは恐ろしいもので、使うのを躊躇っていた理科準備室は、第二の我が家の如く使ってしまっていた。


「さあ、罰としてボクが興味を惹かれる話題を提供してくれたまえ」


 温かな湯気を立たせるカップを手に座りなおすと、本務が両手を広げて待ちわびたような態度で催促してくる。


 僕は少し考え込むと、昼休みの間に麗度が言っていた話題を話すことにした。


「そうだな……麗度からの話題なんだけど、最近"こっくりさん"が再流行しているらしい」


「ほう」


 "こっくりさん"とは、誰もが一度は耳にしたことのあるだろう簡易降霊術として有名だ。


 机に"鳥居のマーク、はい、いいえ、男、女、0~9までの数字、五十音表"を書いた紙を置き、その上に硬貨を乗せて参加者の人差し指を添えると準備は完了する。


 『こっくりさん、こっくりさん、おいでください』と唱えると、質問に合わせて、ひとりでに硬貨が動き出し真実を教えてくれるというもの。


 残念ながら僕はやったことがないが、小、中学校の頃に同級生が騒いでいるのをよく聞いた。


 正直、オカルトマニアの僕でも信じていない、くだらない子供のお遊びである。


「それはなかなか興味深いじゃないか」


 しかし、本務は違うようで、身を乗り出して聞いてくる。


「なんだよ、ただの遊びだろ?」


「いやいや、例え遊びであったとしても面白いじゃないか。"こっくりさん"は漢字で書くと――」


 本務は紙にペンを走らせると、えらく達筆な"狐狗狸"という文字を見せてくる。


「こう書くんだ。何か思いつかないかい」


「うーん……わからないな」


 僕は首を捻るが、諦めて両手を上げると、本務は嘆息した。


「いいかい、どれもヒトに取り憑くとされる動物たちだ」


「あー、なるほどね」


 狐は有名で、昔から"狐憑き"などと呼ばれるし、狗も人を祟るための呪具にされ、その呪いを受けた人間を"狗神憑き"と呼ぶ。僕は関東の出身なのであまり馴染みが無いが、狸も昔の四国地方では恐れられたらしく、"狸憑き"なんてものもある。


 思わず手を打って頷いてしまうが、本務は嬉しそうに微笑む。


「"こっくりさん"は霊が勝手に硬貨を動かして、質問に答えるとされるけれど、日本に伝わったばかりの頃は霊が質問者に取り憑き、身体を動かしたとされていたから、この漢字が当てられたのだろうね」


「西洋のウィジャボードが原型なんだっけ」


「そう、西洋でも霊がヒトの身体を媒介にして質問に答えてくれるらしいから、大して変わらないね」


「でも、それがどうしたんだ」


 嬉しそうに話す本務に、思わず問いかけてしまう。どうしてここまでテンションが上がっているのか不思議なのだ。


 すると、本務は僕の目をジッと見つめるとニンマリと微笑む。これは何か良からぬ事を考えているときの表情だ。


「いいかい、"こっくりさん"は最も簡単な降霊術だが、その分欠点がある。どんな霊を呼び出すのか分からないところだ。相手が何者かも分からないのに、勝手に呼び出し、質問攻めにした挙句、用が済んだら帰ってもらうなど、無茶苦茶な要求だと思わないかい?」


 その言葉を聞いた途端、背筋が寒くなる。


「それじゃあ……」


「忘れがちだけれども、"こっくりさん"がブームになると、必ずと言っていいほど取り憑かれてしまった子供の噂がセットで流れる。これがただの噂に過ぎないことをボクは祈っているけれどね」


 本務はそう言って椅子に体を戻す。


「何とかしないと」


「どうやって? 残念だけど、この辺り一帯の子供たちを集めて『こっくりさんをしてはいけない』と言い聞かせても、隠れて行う子はいるだろう」


「でもさ」


「未然に防ぐなんてことは出来やしないし、しない。なぜならボクは探偵だからね。事件が無ければ動けないのさ」


 両手を広げながら、大袈裟な身振り手振りをする本務に腹が立ったが、その考えに一理あると思ってしまうボクがいることもたしかだった。そのため、黙って俯くことしか出来ない。


 そんな僕に呆れたのか、本務は溜め息を一つ吐くとチェスの駒を盤上に戻しながらフォローしてくる。


「……安心したまえ。こっくりさん程度で呼び出された霊如きなんて、簡単に祓えるよ。取り憑かれたという噂を聞いたら駆けつけようじゃないか」


 思わず顔を上げると、そこには並べ終えて開始を待つチェスの駒たちと、柔らかく微笑んでいる本務が目に入った。


「さあ、事件が起きる前にもう一勝負といこうじゃないか。今度はキミが先手だ」


「……わかったよ」


 僕は苦笑する。


 例え誰かが取り憑かれたとしても、本務は駆けつけてくれると言った。それは依頼が無くても・・・・・・・という意味だ。


 その言葉に何とも言えない安心感と、本務の素直じゃない性格に思わず笑ってしまったのだ。


 本務は僕の表情を見て不思議そうにしていたが、僕は何も言わずに駒を動かす。しばし考え込んでいた本務は、やがて諦めたかのように頭を振ると盤上に手を伸ばした。


 その時――。


「渡須! 頼む助けてくれ!」


 理科準備室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、肩で息をしている青ざめた顔の麗度だった。


 突然のことに、僕らは思わず振り向いた状態のまま固まってしまうが、麗度も何故か固まっている。部屋の中を見渡した後に、ゆっくりと口を開く。


「……これ、学校の許可は取ってるのか?」


「いや、それは、うん」


 何とも言えずに曖昧な返事を返しながら、助けを求めるために本務を見るが、露骨に目を逸らして口笛を吹く真似事なんかしてやがる。


「それはともかく、どうしたんだ? そんなに慌てて」


「ああ、そうだった。昼に話してやっただろ? こっくりさん」


 答えられない話題を避けるために話を戻すと、麗度は一度深呼吸をしてから話しだした。


「ああ、ちょうどその話をしてたところだ」


「そうか。実は……」


 麗度は一度息を呑んでから、改めて口を開く。


「実は、知り合いの女の子が取り憑かれたんだ」



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