閑話 頑張れ助手くん 3
「それで? キミは犯人を見つけたのかい?」
「ああ、真帆だったよ」
「まあ、そうだろうね」
理科準備室で、僕らは紅茶の入ったカップ片手にオセロをしながら会話する。つまり、依頼が無い日の放課後を過ごしているわけだ。
「結局、深夜にイタズラしに来た真帆に聞いてみたら、全部白状したよ」
「ふむ、キミの話を聞く限り、その少女はかなり強情そうなのによく聞き出せたね」
「秘密兵器を使ったんだ」
「なんだい?」
「舞さ」
子供が最も恐れるものと言えば、幽霊でも怪物でもなく、保護者だ。
真帆はいくら僕が聞き出そうとしても、頑として口を開かず睨みつけてきたが、やはり子供だったようで舞を登場させたら一発だった。涙ながらにすべてを白状したのだ。
どうやら真帆は、舞に彼氏が出来てしまったら構ってもらえなくなると思ったようで、僕が舞から聞いた以上にイタズラを仕掛けていたらしい。
「天井の音は、真帆の部屋に屋根裏に入れる梯子があるんだとさ。そこから上がって床を叩いてたんだって」
「手紙は寝静まった頃に置けば簡単だろうね」
僕が白にひっくり返した駒を、本務が黒に戻しながら話し続ける。どうやら本務はボードゲームがすこぶる強いようで、将棋もチェスも勝てたことがない。囲碁は試したことがないが、残念ながらやり方が分からいない。
だが、今のところ僕の方が優勢で、今日こそ勝てそうだ。
「でも、何で僕まで標的にされたのかが分からない。僕は真帆に何もしていないのに」
その後泣き疲れたのか真帆は眠ってしまって、翌日からすべてを白状してスッキリしたのか、楽しそうに笑う真帆を見るうちに、何だか気が引けてしまって結局聞くことが出来なかった。
「本当に分からないのかい?」
「え?」
顔を上げると、呆れた表情の本務が、呆れた視線を僕に送ってくる。
「何が?」
「……いや、舞という少女が不憫に思うよ」
「少女って、一応お前より年上だぞ」
「とにかく、話を続けてくれたまえ」
本務が何を言っているのか分からなかったが、むしろ分かるときのほうが稀であると考え直した僕は話を続けることにした。
「まあ、その後は普通に過ごしたし、帰り際に二人が改めて謝ってくれたよ。正直、舞が犯人を特定できなかったのが不思議なくらいだったけどね」
「いや、彼女はそのくらい気づいていただろうさ。なにせキミが分かるくらいなのだから」
「え? じゃあ舞は何でわざわざ僕に相談してきたんだ」
「自分で考えたまえ」
いつにも増して何を言っているのか分からない本務は、もはや僕を見ようともしない。ただ盤面を見つめながら黙々と駒をひっくり返している。
「ところで、お土産はあるのかい?」
しばらく無言で駒をひっくり返したり、ひっくり返されたりしながら言葉の意味を考えていると、本務が不意に訊ねてくる。瞬間、僕の顔から血の気が引いていくのが分かった。
完全に忘れてた。
「も、もちろん」
「ほう。キミの事だから忘れているだろうと思って罰ゲームを二十ほど考えていたのだけど、それを受けさせられなくて残念だよ」
「ハハ……」
僕がお土産を買い忘れていたことを分かっているとしか思えない笑みを浮かべる本務に、僕は乾いた笑いを返す。
ボードゲームで一定回数負けると、本務は罰ゲームを言ってくるのだが、これが中々に面倒くさいものばかりで、例えば、近くの自販機で飲み物を十本買ってそれを一本ずつ運ばせたり、理科準備室前の廊下を雑巾がけをしながら往復させたり。
「さあ、見せてくれたまえ。そのお土産とやらを」
とにかく、罰ゲームを避けることしか頭に無かった僕は、思い付きでカバンに入れていたブレスレットを差し出す。
それは帰り際に爺さんがくれたもので、なんでも、悪い出来事から一度だけ身を守ってくれるお守りらしいが、僕には綺麗な丸い石を繋げただけの装飾品にしか見えず、チャラチャラしているようでどうにも着ける気になれなかったのだ。
しかし、本務は驚いたような表情を浮かべると、おずおずと手を伸ばし、それをじっくりと眺めて手首に嵌めた。
「お守りなんだってさ。似合ってるよ」
「ありがとう。大切にする」
その場しのぎだったが、うまくいったようだ。
けれど、本務の表情は本当に喜んでいるように微笑んでいて、腕に嵌めたブレスレットを見つめている。なんだか悪いことをした気がして、次からはキチンと買って来てやろうと心に決めた。
「それじゃあ、お礼に先ほどの質問のヒントをあげよう」
「ヒント?」
「何故、舞という少女がキミに相談したのかってことさ」
「なんだ?」
「真帆という少女は、随分と勘が良いようだ」
本務はそれだけ言うと、紅茶のお代わりを入れに席を立つ。
「どういうことだ?」
「さてね。けれど、その少女がボクの妹だったとしても、キミにイタズラを仕掛けていただろうね」
ヒントだと言っていたが、ますます分からなくなった。本務と舞に共通点でもあるのだろうか。
「まあ、ボクは失敗しないけれど」
「はあ?」
本当に今日の本務は、いつにも増して分からない。僕は顔を上げて彼女を見るが、その表情はいつも通りの自信に溢れた余裕の笑みが浮かんでいるだけで、何を考えているのかは検討も付かない。
「なんでもないさ。……これで逆転だ」
その言葉に僕が視線を戻すと、優勢だったはずの盤面がいつの間にか劣勢になっていた。僕の操る白の駒は端の方に僅かに残るだけとなっている。
「さて、ボクの予想が正しければ、今回の勝負はボクが勝つ。するとキミの敗北はこれで五回目というわけだ。つまり、何とかして勝たなければ罰ゲームを受けてもらうことになってしまうね」
僕が唖然としていると、本務は懇切丁寧に僕の末路を説明してくれた。……まさか、このために僕を混乱させたのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。とにかく勝たなければ、本務が数日かけて考えた世にも恐ろしい二十の罰ゲームのうちの一つを受けさせられる。それだけは避けなければならない。
「罰ゲーム決定!」
「嘘だあああああ」
いつしか、僕の脳内からはすっかり本務の言っていたヒントのことは消し飛んでいた。




