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閑話 頑張れ助手くん 2

「生霊……?」


 二人の部屋に荷物を置いた僕は、あまりの驚きから柱にもたれかかる舞に、思わず聞き返してしまう。


「そう、それもストーカーの」


「あ――」


 あり得ない。そう言おうとしたところで、舞の表情が本当に困っているように感じた僕は口を閉ざし、改めて質問することにする。


「……どうしてそう思ったのさ」


 舞は大きな溜め息を吐くと、ゆっくりと話し始めてくれた。


「半年くらい前に、初めて私に彼氏が出来そうになったの」


 意外だった。舞は見るからに活発そうで、根暗だった僕にも優しく接してくれたところからも分かるように、とてもいい子だ。聞けば成績も悪くないらしいし、そんな彼女に今まで彼氏がいなかったことに驚きを隠せない。


 しかし、舞は僕の顔を見ようとせずに、顔を俯かせて続きを話す。


「テスト勉強のためにその男子を部屋に呼んで、一緒に勉強したことがあったの。それで次の日、目を覚ましたら机の上に"彼氏と別れろ"って手紙が置いてあった。それだけじゃない、その日の夜から天井で物音がするようになって……」


「えー……と」


 正直、なんと言えばいいのか分からなかった。


 ただ、僕に相談してきたということは、よっぽど悩み抜いた末の事なのだろう。それに、優しい舞の頼みを断るのは、なんだか気が引けた。


「あー、それじゃあ調べてみるよ。その、舞たちが帰る前までにどうすればいいか見つけておく」


「ホント? 良かった! ありがと仁くん!」


 気休めのつもりで僕が了承すると、舞は嬉しさのあまりか抱き着いてくる。しかし、僕は優しく背中を叩くと、彼女は笑顔で部屋を出て行った。


 あまり女性の扱いに慣れていない僕だったけれど、昔から舞は行動が欧米式で、事あるごとに抱き着いたり頬にキスしたりするので、特にドキドキしたりはしない。……いや、まあ慎ましい膨らみが当たったから少しはドキドキしてるかも。


 僕は携帯片手に外へ出ると、夕日が山に隠れ始めているところで、美しい夕焼けになっていた。


 そんな景色に目を奪われながら、携帯のアドレス帳から一人の電話番号へとかける。


 数コールの後に、目的の人物が通話に応じた。


『やあ。ボクと会えないのが寂しくて掛けてきたわけではないのなら、何か事件でも起こったのかな』


 目の前に映っていた夕日が、あっという間に山へと隠れてしまったような気分に陥る。


「……まあ、そんなとこ。ちょっと相談に乗ってくれよ」


『ふむ。通話を勝手に切るような薄情者の相談になど乗りたくはないけれど、聞こうじゃないか』


 携帯越しの本務は完全にお冠のようだ。ちょっと電話を切ったくらいでここまで拗ねてしまうとは、あまりの子供っぽさに若干の頭痛さえ感じる。


 しかし、大人な僕は軽く目頭を押さえると、本務の文句は完全に無視して話し始めた。



『生霊ねぇ……』


「本当にいると思うか?」


 すべてを話し終えると、本務は黙り込んでしまう。けれど、顎に手をやって考え込む彼女は容易に想像できた。


『もちろん、生霊に関する怪談話はいくつかあるよ』


「そのぐらいは僕でも知ってるさ」


 生霊で最もメジャーな怪談、都市伝説と言えばやはり、"アイドルストーカーの生霊"だろう。


 一人のアイドルが、ある夜、自宅でファンからの誕生日プレゼントを開封していると、一通のビデオレターを見つける。

 彼女は気まぐれに、そのビデオレターを見始めるが、内容は暗い部屋で小太りの汚らしい男性が、小さな誕生日ケーキを前に、彼女の誕生日を祝うものだった。

 小声でボソボソと歌うだけの映像は見るに堪えなかったが、違和感を感じたアイドルは最後まで見ることに。

 そして歌い終えた男性が振り向いた途端、彼女は悲鳴を上げて部屋を出て行ってしまう。

 ビデオに映る男性の背後には、静かに眠る彼女の姿が。

 そう、ビデオレターは、そのアイドルの部屋で撮られたものだったのだ。


 様々なパターンがあり、ビデオに映っていた男性は生きている人間で本物のストーカーだったりするが、多くの場合、この男性は"生霊"として語られる。


 だが、この都市伝説はトップクラスの胡散臭さでも知られている。


 例えば、アイドルへのファンからの贈り物は事務所を一度通すため、こういう不審なモノは届けられないだとか、そもそも芸能人の自宅は、けして一般人に知られないように細心の注意を払っているとか。


 とにかく、そんなこともあって、僕は半信半疑だった。


「そもそも生きている人間が、自由自在に霊体になれるなんて無茶苦茶だ」


『たしかに不可能に近い。けれど出来ないことはないさ』


 しかし、僕が鼻で笑うと、本務は真剣な口調でそれを否定してくる。


「え? それじゃあ本当に?」


『キミは今までボクの隣で何を見てきたんだい。世の中には人智を超えるものが存在していただろうに』


 本務の言葉に、僕の心臓が一気に鼓動を速めた。


「じゃあ、舞は生霊に取り憑かれているのか……?」


『……名前で呼ぶとは随分と親しい女性のようだね』


「いや、ただの従妹だけど」


『どうだかね』


「本当だってば。そもそも僕なんかが――じゃなくて!」


 危うく話が脱線しかけたところで、僕は慌てて軌道に戻す。というか何で僕は本務に言い訳なんかしているんだ。


 落ち着くために一度深呼吸をした僕は、改めて本務に訊ねる。


「舞は、本当に生霊に取り憑かれているのか……?」


『いや、まず有り得ないね』


 しかし、僕の深刻な声音とは反対に、本務の声はひどくアッサリしたものだった。肩透かしを食らったような気分になり、思わず溜め息を吐く。


「まあ、それならいいんだけど。それじゃあ犯人は何なんだ」


 僕の問いに、今度は本務が溜め息を吐く。呆れを大いに含んだ深い溜め息だ。


『少しは自分で考えてみたまえ。犯人は割と身近にいる存在のはずさ。頼むからこんな下らないことで電話しないでくれたまえよ』


「いや、だから――」


『それじゃあお土産を楽しみにしているよ』


 それだけ言うと、本務は通話を切ってしまう。先ほど通話を勝手に切った事への仕返しだろうか。だとしたら幼稚すぎて目も当てられない。


 しかし本務は、犯人は割と身近にいると言っていたことが気になり、僕は庭先を歩き回りながら考え込む。


「仁くん、ご飯だって」


「ああ、すぐ行くよ」


 舞に声を掛けられて顔を上げると、辺りはすっかり暗くなっており、空では数多の星が輝き始めていた。我に返ってみれば、大分お腹が空いていることに気づく。


「まあ、食べてから考えるか」


 僕は良い香りの漂う居間へと向かった。



 けれど、居間では本務を越える幼稚な嫌がらせが待ち受けていた。


「なんで、僕の分の食器が、幼児向けのモノなんだ……」


 僕の目の前にあるテーブルに置かれていたのは、幼児用のスプーンとフォーク、そして箸だった。使い古されているのか、クマのマークが若干消えかかっている。


 僕が唖然としていると、婆さんが頬に手を当てながら謝ってくる。


「ごめんなさいね。何故だか仁ちゃんの分の食器が見当たらないの」


「一つも?」


「そうなの。だから仁ちゃんはその食器で我慢して、ね?」


 祖父母や舞に使わせるわけにもいかないので、我慢して夕食を摂った。その間ずっと、真帆が僕を見てはニヤニヤと笑っていたのが気に食わない。


 ……ああ、そうか。こんな嫌がらせをするのはお前だけだよな。


 僕は隣に座る舞に、そっと話しかける。


「舞、今日は一緒の部屋にいよう」


「えっ!」


 その声に、皆の視線が集まるが、舞は曖昧に何でもないと笑うと、今度は小声で僕と話す。


「ど、どういうこと?」


「生霊の正体が分かった」


 僕の言葉に、舞は目を見開いて驚く。


「それじゃあ」


「ああ、生霊とやらを追い払ってやる。だから僕の作戦に上手く乗れよ」


「わかった」


 こうして、食事の間、僕と舞は小声でやり取りし続けた。傍目に見れば、男女がイチャついているようにしか見えないだろうけどね。


「――それじゃあ、手筈通りに」


「わかった」


 僕の長い長い夜が幕を上げた。



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