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これは夢か現実か

 下駄箱に着いてから、「そういえば」と思い出した僕は、すでにローファーを履いて待っている本務に尋ねる。


「何が食べたい? 好きなものを奢らせてもらうけど」


 至極当然の質問だったと思うのだが、本務は呆れと嘲笑を混ぜたような溜め息をつくと首を振った。


「こういう時は、男らしく自分が決めた店に案内するのが甲斐性ってものじゃないのかい?」


 知るか。生まれてこの方、女らしさの欠片も無い姉ぐらいしか、女性とまともに話したことが無い僕にそんな事を要求するな。と言ってやりたいのをグッと我慢した。偉いぞ僕。


「……それじゃあ、好きな料理は?」


「好き嫌いはないよ。出されれば何でも食べるさ」


 ……もういい、考えるのは止めよう。僕が行きたい店に行って、ついでにコイツに奢るんだ。そう考えることにした僕は、何も言わず駅前にある商店街に向かって歩き始めた。あそこなら何かしらあるだろう。


 商店街まで歩く僕らは、きっと異様な二人組だったことだろう。なにせ、前を歩く僕の後ろを美少女がキッチリ三歩離れて着いて行っているのだから。帰宅部よりは遅く、部活のある生徒よりは早い時間だったおかげで、うちの学校の誰かと会わずに済んだのがせめてもの救いだ。特に髪をツンツンに立たせた麗度アイツなんかに出くわしたら最後、次の日にはクラスどころか学年全体で噂されてしまうことだろう。


「一体どこに行くのかな、商店街からは随分と外れてしまったが」


 僕がお腹を壊した時ぐらいにしか祈らない神に、心の中で感謝を捧げていると本務が聞いてきた。


「ああ、ここだよ」


 商店街から路地へと入り、少し進んだ先には、看板すら出ていない喫茶店らしき店がある。僕の行きつけの店だ。


 本務は胡散臭そうな目をしていたが、僕は気にせず扉を開けて中に入る。


 店内は軽やかな音楽が流れており、二人用の席がいくつかと、カウンター、そしてその奥では白髪交じりの髪をオールバックにした爺さんが食器を磨いている。相変わらず、いつ来ても客が誰一人としていない店内は、僕にとって最高の空間だったが一体どうやって経営してるんだこの店。


「……キミにしてはセンスの良い店じゃないか」


「うるさいな。いいから座ろう」


 大体、今日初めて会った人間に僕のセンスをとやかく言われたくない。


 本務は言われるがままにカウンター席へと着いたが、不思議そうに辺りを見渡してから聞いてきた。


「メニューは?」


「ない。頼みたいものを頼めば出てくる」


「なんでも?」


「なんでも」


「どういう店なんだ、ここは」


「僕が知りたいくらいだ」


 最初のころは無難に飲み物ばかり注文していた僕だったが、それがどんな物であっても必ず出てくるので、まさかと思い食べ物に挑戦してみたところ、これまた何でも出てくる。それ以来、僕はここの常連になってしまっていた。


「……それじゃあ、ハウスクラブサンドにチーズバーガー、フライドチキンとポテトとダージリンを」


 半信半疑どころか完全に疑っている本務は、それでも自分の食べたいものを注文する。


「僕は醤油ラーメンで」


 驚いた表情をしているな? 見てるといい、本当に出てくるから。


 爺さんは頷くと、厨房のある奥へと姿を消した。残された僕らは無言だったけど、特に気まずい雰囲気とかではなく寧ろ良い雰囲気なのではないだろうか。そう考えると妙にソワソワする。確かに性格は悪いが本務は美人だし、そんな子と二人でお洒落だと僕が勝手に思っている喫茶店に二人きりだ。年齢が彼女いない歴と同じな僕がそんな風に考えても仕方ないと思う。


 何を話そうかと考えているうちに、注文の品が運ばれてきてしまった。僕がラーメンの入った丼を受け取ると本務が驚いたように目を見開いている。よしよし、作戦は成功だな。……しかし、本当にどういう店なんだここは。


 会計を済ませた僕が店を出ると、やはり先に出ていた本務が待っていた。


「今日はここで解散としようか」


「え、鬼を探すんじゃなかったのか?」


 今日で気味の悪い自分の影とおさらば出来ると思っていた僕は慌てた。


「こちらにも準備というものが必要なんだ。決行は明日。放課後、また理科準備室にきてくれたまえ」


 そんな僕をよそに、本務は言いたいことを言い終えると、踵を返してさっさと帰って行ってしまう。非常に残念だが、「そんな簡単にいくわけないだろ」と自分に言い聞かせ、僕も家へと帰ることにした。


 その夜、いつも通り姉は帰って来ておらず、一人寂しく夕飯を取った後、二階にある僕の部屋のベッドに、パジャマ姿で潜り込んだ僕は、部屋に誰かがいる感じがしてどうにも寝付けなかった。


 仕方がないので、そのまま身体を横にしていたのだが、ふと部屋を見渡してみれば、窓から差し込んだ微かな光によって出来た自分の影が目に入る。……影?それはおかしい。毛布を体の上に掛けているのだから、シルエット的にはこんなにもくっきりと僕の影が映るはずがない。そうか、いつの間にか眠っていたのか。夢だからこんなおかしな状況でも冷静に分析できるし、影も自分の形をしているのだ。


 影はゆっくりと体を起こすと、僕に近づいてきて、そして……腕を毛布の中に入れ、僕の腕を掴んだ。けれど、それはけして強い力ではなく、優しく包まれている。


 影はだんだんと僕をその中へと沈み込ませていく。

 体は完全に沈んでしまった。残るのは頭だけ。

 天井を眺めながらぼうっとしていた僕は、最後に腕を掴んでいる僕の影を見る。

 隣では角を生やした僕の影が口元を歪ませ僕を見ていた。

 僕は鬼になってしまうのだろうか。

 そして完全に僕の体は影の中へと沈み込んでしまった。

 意識はそこで途切れる。


 朝、アラーム音で目を覚ました僕は、半身を起こして目を擦っていた。


「本務が鬼だとか言うから、変な夢を見たな……」


 ベッドから降りて足元を見れば、いつも通りの僕の影がそこにある。やはり夢だったようだ。


 欠伸をしながら階下に降り、朝のどうでもいい芸能ニュースを見ながら朝食を済ませた僕は、朝支度を済ませ、着替えるべく二階に戻る。そしてパジャマを脱ぎ捨てたところで、違和感を覚え、夢で掴まれた左の腕を見た。


 くっきりとした手の痕がそこにはあった。


 鳥肌が立つ。夢であったはずの出来事が、今現実として見えている。夢では優しく掴まれていただけだったはずだが、青くなっていることからして、随分強く掴まれていたようだ。


 叫んで暴れたくなるのを必死に抑え込む。


 どうやら、本務と話してから気が抜けていたようだが、これはいよいよ本格的にまずそうだ。そう考えた僕は着替えを済ませ鞄を掴むと家を飛び出す。学校に行かなくては。正確には、本務のいるであろう。理科準備室へ。



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