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探偵の思惑

 それからの僕は大変だった。


 兄が倒れていることで軽くパニックになりかけていた多田村を宥め、大の男をリビングまで二人で運び、ソファに寝かせた。


 多田村はともかく、部活にも入っておらず、まともな筋力があるとはお世辞にも言えない僕にとっては、非常に辛い作業である。よくドラマでも気絶した人間を持ち運ぶシーンがあったりするが、完全に脱力した人間というのは、とてつもなく重いのだ。


 その間の本務は、立ったまま、一言も発さずに何事かを考えているようだった。


「これ、兄貴は大丈夫なんスか」


「問題ない。彼は少し驚いただけだ。すぐに目を覚ますだろう」


 兄を心配した多田村の言葉に、本務は何でもないかのような答えをする。


 しかし、その会話を最後に、部屋には重い空気が漂ってしまう。事件は解決したはずにもかかわらず。


「ごめん、多田村。トイレはどこかな」


「ああ、洗面所の隣の扉ッス」


「ありがとう」


 その雰囲気に耐え切れなくなってしまった僕は、部屋を出る。けれど、向かう先はトイレではなく洗面所だ。どうしても確認してみたいことがあるのだ。


「……やっぱりか」


 洗面所に入ると、それはすぐに目に入った。


 扉を開けて目の前にある鏡には、変わらず僕の背後にある、紫鏡が映っていた。



 僕は急いでリビングルームへと戻る。あまりにも早く戻ってきたことを、変に思った多田村が声を掛けてくるが、それを無視して、今も何かを考え続けている本務の前に立ち、告げた。


「本務、事件は終わってない」


「……知っていたよ」


 本務は、ゆっくりと目を伏せると、小さく呟く。そして、そのまま言葉を続けた。


「彼の鏡が本体だと思っていたんだ。だから、彼の鏡を割れば、渡須クンの鏡も消えるだろうと。しかし、キミが終わっていないことを確信しているということは、消えてはいない。つまり、彼のも本体ではなかったということだ」


「ど、どういうことスか」


 話を飲み込めていない多田村が、焦ったような声音で問いかけてくる。


「キミはこれ以上、話を聞かない方がいい。二階の自室にでも籠っていてくれたまえ」


「なっ」


 本務の言葉に、多田村は立ち上がる。しかし、僕は本務を守るようにして、その前に立ち塞がった。


「多田村、この話は本当に危険なんだ。お兄さんからも、弟は巻き込まないようにと依頼されてる」


 咄嗟の嘘だった。


 お兄さんから受けた依頼は、呪いを解くことだけ。しかし、生半可な言葉で多田村は納得しないだろうと思った僕は、本務に食って掛かろうとする彼を止めるために出任せを口にする。


「……あとで、キチンと説明してもらうッス」


 多田村は不本意そうにしながらも、背を向けてリビングを出て行った。


 階段を上がり、扉が閉まる音が、静寂に包まれたリビングでも聞こえたところで、僕は本務に向き直る。


「本務、説明してくれるよな」


 若干の怒りを込めて、尋ねる。僕の視線を受け止めた本務は、観念したかのように話し始めた。


「正直なところ、これで解決するはずだったんだ。彼が見えている紫鏡が、本物なら・・・・。」


 本務は、僕の横を通り、空いている椅子の一つに腰掛けると、組んだ手の上に顎を乗せ、言葉を続けた。


「紫鏡は、伝染する呪いの類だ。どこかに本体があり、そこから鏡を通してヒトに害を成す。だから、彼の鏡が本体だと思って割らせた」


 そう言った視線の先には、ソファに横たわるお兄さんがいた。


「本体さえ割ってしまえば、渡須クンが見えているという鏡も消滅するはずだったが、どうやら消えてはいないらしい。つまり、彼のも本体では無かったということだ」


 本務は肩を竦めると、そのまま椅子に背を預けた。


「でも、呪いを打ち消すのは簡単だって言ってただろ」


「もちろん。呪いを掛けるには、媒体となる呪具じゅぐが必要なんだ。だから、それさえ見つけて燃やすなり壊すなりしてしまえば、呪いは消える。難しいのは、呪具を見つける方なんだよ」


 本務は天井を見上げて、組んでいた手を広げた。まさにお手上げ状態とでも言うかのように。


「でも、見つける方法はあるんだろ?」


 しかし、その声は、まるで諦めていないことが、僕には感じられた。


 僕の言葉に、本務は顔を戻すと、ニヤリと笑う。


「ああ、キミは本当に素晴らしい助手だよ」


「お世辞はいいさ」


「本心だよ。……どうしてそう思ったのか教えてくれるかい」


 本務は期待した眼差しで、僕を見つめる。その声音はいつの間にか、からかうような口調に戻っていた。


 僕は苦笑いを浮かべて答える。


「だってお前は、事件は解決した・・・・・・・と言ったじゃないか」


「もちろん。事件は解決したんだ」


 本務は立ち上がり、僕の前まで歩み寄ってくる。その姿は自信に満ち溢れており、失敗など一つもしてないかのような振る舞いだった。


「そこで眠りこけている彼を、今すぐ叩き起こしたまえ」


「了解」


 僕は言われてお兄さんの頬を叩く。頬が緩んでいるのが、自分でも分かった。


「お兄さん、起きてください」


「……ん? ああ、どうなったんだ」


 お兄さんは目をしばたたかせながら、ゆっくりと体を起こす。その表情は、まだ何が起きているのか全く分からないといった風だ。


「鏡は割れたよ」


「そうだ! たしか、鏡が割れた瞬間、黒いモヤみたいなのが噴き出して……それで、呪いは消えたのか?」


「いや、残念ながらまだだ」


「なんだと!」


 立ち上がって本務に詰め寄ろうとするのを、僕は慌てて止める。


「すいません! でも必要なことだったんです」


「なに?」


「次は、呪いの源を断つのさ」


 その言葉を、お兄さんは理解できていなような表情を浮かべる。しかし、僕らの表情を交互に見た後、深い溜め息をつき、口を開く。


「何をするんだ?」


 その言葉に、本務はニコリと笑うと言った。


「この部屋にある、全ての時間と日付を示す物を調節してくれたまえ。時刻は二十三時半、日付はキミの誕生日だ」


「誕生日?」


「そうだ。ついでに姿見すがたみは無いかな。最悪手鏡でもいい」


「姿見なら、俺の部屋にあるけど」


 本務は頷くと、僕に向き直った。


「渡須クン。姿見をこの部屋へ持ってきてくれたまえ」


「わかった」


「ま、待ってくれ」


 僕が部屋を出て行こうとすると、お兄さんが引き留める。


「待ってくれ。一体何をするつもりなんだ。もう何も知らされずにやらされるのは御免だ」


 焦ったような声に、今度は本務が溜め息を吐く。


「いいかい、紫鏡は二十歳になると効力を発揮する。けれど、今回はそれに当てはまりそうにもない。それはキミが恐らく紫鏡自体を、どこかで目にしてしまったからだ」


「……なんで知ってるんだ」


 お兄さんは、その言葉に顔を青ざめさせたが、本務は彼の質問を無視して続ける。


「それでも、二十歳に効力を発揮するのは確実だ。ならば、この部屋だけでもキミの誕生日の日付にして、紫鏡を呼び寄せようというわけだ」


「そんな手に乗るか? 時間と日付を弄ったくらいで」


「人間が定めたもので、最も正確で、最も曖昧な物は何だと思う? 時間だよ」


「なんか哲学染みてきたな……」


 本務の言葉に、頭を抱えると、しばらく沈黙してしまう。そのまま、何かを考え込むようにソファに体を投げ出すようにして座り、やがて言った。


「わかった、好きにしてくれ。……でも最後に、俺に何が起きるのかぐらいは聞かせてくれ」


 お兄さんは、本務の言葉を理解できていないようだった。実は僕も理解は出来ていなかったが。


 本務は最後の質問に頷くとサラリと告げた。


「ちょっと死にかけるかも」



 

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