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新たな依頼

「なんっ……で」


 扉の向こうからは、息を呑むような声が響く。それは、焦ったような声音だった。


 "紫鏡むらさきかがみ"とは、昔から噂される、呪いのたぐいの都市伝説で、一人の少女がモデルにされることが多い。



 ――昔、一人の少女が親の手鏡を見つけ、それに紫の絵具を塗ってしまう。


 ほんの悪戯のつもりだった少女は、妙な罪悪感を感じ、絵具を落とそうとするが。


 その絵具は擦っても、洗っても落ちない。


 後日、少女は病に倒れ、その病状は日に日に悪化していく。


 そうして、少女は二十の歳を数える前に亡くなった。


 以来、紫色の鏡には、少女の怨念が宿る。


 二十歳はたちまでにその言葉を忘れなければ、少女の無念がその者を襲う――。



 というものだ。


 数ある鏡にまつわる都市伝説や怪談話で、もっともポピュラーとされ、かつては僕も、必死に忘れようとして眠れぬ夜を過ごしたこともある。


「的中されて驚いたかい? キミは引きこもることで、"紫鏡"の呪いから逃れようとしているみたいだけど、その程度で逃れられるほど、この呪いは弱くはないよ」


 本務は、さらにお兄さんを煽るかのように言葉を発した。


 声は扉に吸われ、その向こうではどうなっているのか、僕にはわからなかったけれど、何か柔らかい物同士がぶつかる音が、数度聞こえた後、扉がゆっくりと開かれる。



 出てきたお兄さんは、頬が痩せこけ、目の下には黒々とした隈を作っており、まるで幽鬼のような姿をしていた。


「なら、どうしろって言うんだ。逃れる方法がないなら、俺はこのまま死ぬしかないのか」


 乾ききった唇から零れる声は、悲哀に満ちていて、今にも窓から身を投げ出しそうな勢いだ。


 しかし、その姿に動じない本務は目を閉じると、一つ一つの言葉を言い聞かせるように話す。


「ボクたちに依頼をしたまえ。必ず、紫鏡の呪縛から解放してやろう」


 開かれた視線は、真っすぐにお兄さんを見つめており、信頼を感じさせる。


 最初は薄い笑いを浮かべ、半ば諦めたかのような表情をしていたお兄さんも、その視線を受けてからは真面目な顔になり、目にも力強い意志を感じさせるようになり始める。


「本当に、大丈夫なんだな?」


「もちろん。ただし、報酬は高いよ?」


 問いかけに頷いた本務はあくまでも無表情だったが、お兄さんには有効だったらしい。彼は頭を掻くと、少し困ったような表情を浮かべる。


「女子高生に助けを求めて、さらには金まで払うなんて、俺も相当キてるな」


「それで?」


「わかった、依頼する。報酬はバイトの貯金があるから、そこから払おう」


「決まりだね」


 ようやく、人らしい笑顔を浮かべたお兄さんに、本務は頷く。僕も、胸を撫で下ろした。


「とにもかくにも、まずはその姿を何とかして、階下にいる弟君に姿を見せてやりたまえ。彼がキミを心配して、ボクらを呼んだのだから」


「あ、ああ、そうするよ」


 少し照れたように、お兄さんは部屋へと戻っていく。彼の姿はまさに寝巻といった風体をしており、年下の少女に見せる姿ではなかったと思ったのだろう。


「さて、ボクらは帰ろうか」


「え? これからのことを相談したりしないのか?」


「素人に口出しされても困るからね」


 本当に何様なんだコイツは。


 けれど、怪奇現象の解決を、この目で二度も見てきた僕は何も言わない。



 一階に降りると、多田村が心配そうな顔でやってくる。


「大丈夫ッスか? なんか結構モメてたみたいスけど」


「問題ないさ。キミの兄は依頼をした。だから助ける」


「ホントッスか! 良かった!」


「もうすぐ降りてくるだろうから、心配ないと言い聞かせてやるといい。ボクらは帰るよ」


「ホントに感謝ッス! 渡須も!」


「アハハ……それじゃあ、また明日」


 多田村は、僕らが見えなくなるまで玄関で手を振っていた。本当に良い奴だ。

 


 学校へと戻る道すがら、本務は口を開いた。


「渡須クン。キミは"紫鏡"について、どれぐらい知っている?」


 僕は、先ほど思い浮かべた通りの話を口にする。それを聞いた本務は、満足げに頷くと、さらに言葉を続けた。


「ならば当然、解決方法も知っているね?」


「たしか、透明な水晶を持ってればいいんだっけ」


「そう。透明である必要は、光を多くでも取り込むため。そして水晶は、鏡の光を取り込み、中で反射させ、封印する役目を持っている。さすがはボクの助手だね」


 透明な水晶が回避策であることは知っていたけれど、本務の言った部分は知らなかった。とは口が裂けても言えない僕は、話題を変える。


「それがどうしたんだ?」


「一般的に知られる回避方法は、それだけしかないんだ」


「だから? 透明な水晶を渡すか、買わせればいいだけの話じゃないのか」


「しかし、その方法は、あくまで紫鏡を言葉で知ったときだけ・・・・・・・・・・なんだ」


 雰囲気が暗くなる。


 外は春先であることも合わさって、陽が暮れ始めており、遠くで鳴いているカラスの声が、妙にうるさく感じた。


「……つまり?」


「つまり、紫鏡そのものを見てしまった・・・・・・ときは、使えないんだよ」


 背中に悪寒が走った。手に汗が滲む。それでも僕は、努めて明るい声を出して、その事を否定した。


「ま、まさか。お兄さんから、まだ何も聞いていないんだ。見たとは限らないんじゃないかな」


 僕の言葉に、本務は真面目な顔で首を振る。無表情とは違う、真剣な顔で。


「透明な水晶を持っていればいいなんて方法、今どきネットでも調べられる。そして、紫鏡に怯えているなら、それを試さないわけがない。それにあの怯えようは正直、異常だ」


 まさか、考え過ぎだろう、とは言えなかった。


 思えば、今どき二十歳目前の男性が、都市伝説ごときで怯える方が不自然だ。見た感じ、オカルト信者という風にも見えなかった。ならば、その恐怖を抱かせるだけのナニカがあったのではないだろうか。


「……どうするんだ?」


 僕の問いに、本務は考え込む。その時間はとても短かったはずなのに、とても長く感じてしまったのは、僕も焦っているのだろうか。


「……明日の放課後は、市内の図書館に来てくれたまえ。少し調べたいことがある」


「わかった。それまでに、多田村からお兄さんの事を聞き出しておくよ」


「頼んだよ。それから、一つ気を付けて欲しいことがある」


「なんだ」


 本務は、少し躊躇ったがゆっくりと告げた。


「"紫鏡"の話はしないように。この呪いは……伝染するかもしれない」


「?……たしかに、単語を知ってるだけで、呪われるって類の話だけど」


「今回は見てしまったかもしれない本人から話を聞いてしまったんだ。その比じゃないかもしれない」


 僕の頭は真っ白になった。


「そ、それじゃあ、僕らも危険なのか?」


「いや、ボクにその類は通用しないし、キミも必ずボクが守る。信じてほしい」


 思わず、強い口調になってしまったが、本務は僕を真剣な眼差しで見つめてくる。それだけだというのに、何故か落ち着いてしまうのだから不思議だ。


「……わかった。他の人には"紫鏡"の話はしない」


 少し引っかかったが、僕は了承した。


 女子に守ってもらうなんて、情けない話だったが、悪い気分ではなかった僕は苦笑いを浮かべ、それを見た本務も、固い表情を和らげ、いつもの僕をからかう表情に戻った。


「さあ、今日のところは帰りたまえ。明日から本番だよ」


「はいはい、仰せの通りに。探偵どの」


 そうして、僕らの、新たな依頼が幕を上げたのだった――。



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