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新たな知人は事件の香り

 コインロッカー事件から、ここしばらくは依頼もなく、比較的平和な日常を僕は謳歌していた。


 高知さんとはたまに連絡を取っているけど、あれから泣き声が聞こえることはなく、向こうは向こうで受験生として忙しくやっているそうで、段々と疎遠にはなり始めている。まあ、携帯を手に入れてしまった本務なんかは、初対面時の険悪なムードが嘘だったかのように、頻繁に連絡を取り合っているようだけど。

 

 結局、彼女は依頼料を支払ったのだろうか。あれ以来、姿を見ていないので、詳細が分からないのだ。


「おーい、渡須!」


 自席に座って物思いにふけっていると、麗度の声が思考を遮る。


 見れば、扉付近で麗度が手招きしている。傍には誰かいるようだ。


 まったくどうでもいいのだけど、学校における、他クラスの教室に入りづらいと感じるのは日本人だけなのだろうか。


「なんだー?」


「コイツ、お前に用があるんだとさ。ちょっと来てくれ」


「わかったー」


 影が悩まされることが無くなった今、僕は順調に一般高校生へと戻りつつあるのだが、それでも一年という大きなハンデを持っている僕は、未だに麗度以外の友人と呼べる友人がいないため、昼休みに僕を訪ねてくるなんてよっぽどのことだ。


 けれど、これはチャンス。これを機に、友人の幅を広げるべきだ。


 そう考えた僕は出入り口へと近づいていく。


「おまたせ」


「おお、渡須。コイツは隣のクラスの多田村ただむら。お前に用があるんだとさ」


 そう言って、麗度が紹介してきたのは随分と背の高い男子だった。190ほどはあるだろうか。


「オス、オレ、多田村」


「渡須です。よろしく」


 スポーツ刈りの髪型と、がっしりした肩幅によく合う、スポーツマンタイプのようだ。


「で、何の用?」


「ああ、実はさ、コイツの兄貴が最近変なんだとさ」


「変?」


「どうにもオカルトっぽい感じらしいぜ」


 麗度が応える中、隣では腕組みした多田村が頷いていた。体格のいい男子が腕組みしていると、どうも圧迫感を感じる。


「ああ、それで僕に」


「オス。解決策がないか聞きに来たんス」


「一応言っとくと、オカルトには詳しいほうだと思うけど、解決方法は知らないかもしれないよ?」


「問題ないス」


 僕は溜め息を吐きたくなるのをどうにか堪える。


 釘を刺してみたのだが、どうにも引き下がらないようだ。



 大抵の場合、オカルトというものは「~をすると呪われる」とか「~と答えると死ぬ」みたいな話ばかりで、その解除方法や回避策というものは存在しないことが多い。学校の怪談なんかの小さい子供が考えるような話はあったりするのだけど、本当に誰が考えたのか分からないような怪談話になると、その傾向が強いのだ。


 だから、たまに僕のオカルト好きを知っている人間が、そういった話を持ちかけてくるのだけど、だいたいは「知らない」、「わからない」としか答えられず、それを聞いた彼らは興味を失ったように僕の前から去っていくのだ。


 それでも、気休め程度に何か教えてあげられるかもしれないと思って聞いてしまう僕は、きっとお人よしなのだろう。


「わかった。お兄さんはどんな感じなの?」


「わからんス」


「は?」


「何かが怖いって言って、それに怯えてるんスけど、それが何かわかんないんス」


 ここで溜め息を吐いて自席に戻らなかった僕は、本当に優しいと思う。


「待って、何が怖いのか分からないと解決もクソもないじゃないか」


「そうッスね」


 この木偶の坊は頭に送る栄養も身長に吸われているのではなかろうか。


「……わかった、また明日にでも、お兄さんに何が怖いのか聞いて来てくれよ」


「了解ッス」


 ここで鳴った予鈴は、きっと神の福音なのではないだろうか。


 多田村が片手を上げて教室へと戻っていったところで、僕は麗度を見る。今の僕は視線で閻魔すら殺せそうなほど冷たいことだろう。


「そんな睨むなよ。あれで結構真面目に兄貴を心配してんだ」


「本当か? 僕を馬鹿にしに来たんじゃなくて?」


「そんなことするヤツじゃねーよ……だからその視線はやめてくれ。痛い」


 麗度と多田村とやらが組んで、僕をからかっているのではないかと思ってしまったけれど、どうにも違うようだ。麗度がゲッソリとしている。


 僕は溜め息を吐くと、午後の授業に備えるべく、自席へと戻ることにしたのだった。


 * * *


「やあ、今日も来てくれて嬉しいよ」


 理科準備室に入ると、いつものように本務がカップ片手に挨拶してくる。

 そして、今日はいつもの理科準備室とは違う。


「……一応聞くけど、その機材はどっから持って来たんだ」


「もちろん買ったのさ。ようやく高知クンが依頼料を払い終えてくれたのでね」


 部屋の中にはポップな音楽が流れていた。その音は、部屋の隅に置かれたミニコンポから聞こえてくる。


 もはや、理科準備室だと言っても誰が信じるのだろうか。それほどまでに理科準備室は本務によって浸食されていた。


 というか、高知さんは結局支払ったのか。もしや、本務が嬉々として彼女と連絡を取っていたのは、その催促だったのではないだろうか。


「今日は何か面白い話はあるかい?」


 僕の思考がトリップしかけているところで、本務はいつも通りの質問をしてくる。


 本来であれば、「なかった」と一言告げてコーヒーか茶を飲みながらオカルト話をするのだが、今日は違う。


「ああ、昼休みに、隣のクラスの多田村ってヤツが来たんだけど」


「ふむ」


「ソイツのお兄さんが、何かを怖がってて、それを解決してくれって言ってきたよ」


「何か、とは?」


「さあ?」


「なんだい、それは」


「仕方ないだろ、彼が分からないって言ってるんだ。だから、お兄さんに聞いてから、明日もう一度来てくれって言っておいたよ」


「ふむ」


 今思い出しても頭が痛くなるような話だ。僕はいくつかある椅子に腰を下ろしながら、コーヒーを入れる。本務が理科準備室に何かを持ち込むのは呆れるけれど、それを利用している時点で、僕も同罪なのだろうか。


「これは、面白いことになるかもしれないね」


「何が?」


 何かを考え込んでいた本務は、ふいに顔を上げると、ニヤリと笑っている。


「明日、ここに彼を連れてきてくれたまえ」


「からかわれているだけかもしれないぞ?」


「それは無いさ」


「なんでわかるんだ」


「探偵としての勘さ」


 本当に、その自信はどこから来るのだろうか。半分でもいいから僕に分けてくれたら、もっと楽しい人生になるかもしれないな。


「……わかったよ」


 結局、僕は了承してしまうのだった。


「そういえば、高知さんが依頼料を払ったとか言ってたけど、どれくらいなんだ?」


 ちょっと気になっていたことを尋ねてみる。僕が本務にある借金がどれだけ減るのかの目安にもなるしね。


「下世話な話だね」


「お前にだけは言われたくない!」


「具体的な数字は伏せるけれど、最初に言った通り、六桁ほどさ。彼女は本当に金持ちの家庭に育っているようだ」


「いや、金持ちとはいえ、その額は凄いぞ」


 それだけの額を支払えるとは、毎月の小遣いが三千円である僕からすれば、羨ましい限りだ。

 けれど、それなら僕の借金も、大幅に減ったはず。これなら、本務から解放される日も近い。


「ああ、キミの借金は五十分の一も減っていないから、そのつもりで」


「なんてブラック企業だ!」



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