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閑話 探偵と助手の休日2

「見たまえ渡須くん! なんだか凄いことをしているよ」


「ただの大道芸だろ。というかいい加減ショップに行こう!」


 ショップに行こうとしたところまでは良かったものの、事あるごとに立ち止まり、歩き回る本務のせいで、いつまで経っても携帯ショップに辿り着けずにいた僕は、内心ゲッソリしていた。


 今も、休日のある一定時間の間は車が通行止めにされる駅前商店街の大通りで、パントマイムの大道芸の前で、本務は喜んで拍手している。



 怪異現象には物怖じしないくせに、クレープ屋の厳つい男性に怖気づいたり、ちょっとした大道芸に喜んだりするのは、一体どういう人生を送って来たんだと不思議に思ってしまう。


 思うだけで、口には出さないけれど。


「いやあ、ヒトは本当に面白いことを思いつくのだねぇ」


「楽しんでるようで何よりだよ……」


 ひとしきり拍手して満足したのか、嬉しそうな笑みを浮かべながら本務が戻ってくる。


「なぁ、どうして普段から笑わないんだ? 僕の時もそうだったけど、事件を請け負うときにも感情を表に出せばいいのに」


 僕は前から不思議に思っていたことを聞く。高知さんのときも、今のように無邪気そうな笑みを浮かべていれば、少々無礼なことを言っても、彼女は怒らなかったかもしれないのに。……いや、あんなことを言われれば、結局怒っていたか。


「何を言うんだい。彼女はただの依頼人。ボクの助手であるキミとは違うのだよ? ボクがこんなに自分を曝け出せるのは。キミだけさ。特別だよ?」


「それはどうも」


 本務から帰ってきた返事は、どうにも本気でないような気がして、からかわれているように感じた僕は軽く流す。


 "特別"という二文字に、何とも言えない優越感のようなものを感じてしまったが、女の子に対する扱いが慣れていない一般的な男子高校生であれば、誰でもそうだろう。


「さあ、今度こそ携帯ショップに行くぞ」


「はいはい、キミには冗談が通じないようだから、そうしようか」


「すいませんね」


 人混みの中を、ショップに向けて歩き出したは良いものの、僕が考えるのは、本務に関することだ。


 僕の影を見抜き、解決してくれた恩人は、どうにもクラスにいる女子たちとは違う。



 それは、一人称が"ボク"であることや、誰に対しても不遜な態度を崩さないことなんかではなく、怪異現象に対する知識、対処、そして、それらを見抜く力が、違和感の正体だ。


 彼女は携帯を持たず、特待生で、一年生の間は学校にすら来ないし、温かい飲み物が好きで、理科準備室に勝手に色々持ち込む変人だけど、こうして接する分には、普通の女の子だ。


 けれど、どう育てれば、こんな子に育つのか、僕には不思議でならない。


 家庭がそう言った関係の家柄で、複雑な家庭環境だったのだろうか。


 しかし、それを聞いてしまえば、何故か彼女が僕の前からいなくなってしまう気がして、その考えを捨てるために頭を振る。


 今は、彼女への借金を少しでも減らすために、扱き使われていればよいのだ。


「そういえば、どんな携帯が欲しいとか――」


 余計な思考を振り払うために、話題を本務に投げかけようとして僕は振り返った。


 しかし、そこに本務の姿は無かった。


 慌てて、周囲を見渡すが、制服を着た黒髪の少女の姿はどこにもなく、ただただ、人々で出来た樹海のような景色がそこにはあった。


 後ろからついてきているものとばかり思っていた僕は、溜め息を吐く。どうせ、何かに引き寄せられるように、フラフラとどこかへ歩いて行ってしまったのだろう。


 もう帰ってしまおうかとも、思ってしまう。


「いや、それはダメだろ」


 彼女は、どうにも世間から外れたような人間だ。


 もしかしたら、その不遜な態度のせいで、何かトラブルに巻き込まれているかもしれない。


 それに、一応、僕を頼って家まで来てくれた女の子を放って帰るのは忍びないし、何より、僕は彼女の助手なのだ。ならば取るべき行動は一つ。


「探すか」


 僕は、人で溢れかえる商店街前の大通りに、分け入っていったのだった。


 * * *


 本務を探そうとしたところまでは良かったものの、人の中から人を探し出すのが、こうも難しいとは思わず、あちこち歩いているうちに日が傾き始めていた。


「どこにいるんだよまったく!」


 人も減り始めた大通りの真ん中で、僕は独り言にしては大きな声を出してしまう。周囲にいる人たちが驚いたような視線を向けてくるけれど、歩き回ったせいで疲労の溜まっていた僕は気にも留めなかった。


 本務はどこにもいなかった。


 二人で食べたクレープ屋にも、喜んで見ていた大道芸がやっていた大通りにも、その他本務が興味を持った店のすべてを回ったが、彼女の姿は何処にもなかった。


「……疲れたし、一度休憩するか」


 貴重な休日を、本務探しという謎の行動によって潰されてしまった僕は、行きつけの喫茶店で休憩してから帰ることにした。もうアイツのことなんか知るものか。


 そう思っていたのだが、現実とは非情で、探しているときには見つからず、探すまいと決めたときには見つかるというものだ。


 何が言いたいのかというと、本務は喫茶店でティーカップを傾けていたのだ。


「ほらね、マスター。彼は必ずボクを見つけてくれると言っただろう」


「そのようですね」


 僕が唖然として入り口で立ち尽くしていると、本務は得意げに店主の爺さんに話しかけている。


 僕はキレた。


「なんでこんなところにいるんだよ!」


 店の雰囲気に似つかわしくない、大声でだったが、本務はヤレヤレとでも言わんばかりに首を振る。


「キミがボクを人混みに置いて行ったんじゃないか。人混みに揉まれながら、ボクは何度もキミを呼び止めたというのに」


「なっ」


「まあ、キミは何かを考え込んでいたようだからね。気づかなくても無理はないさ」


 そういえば、あの時はしょうもない事を考えていた気がする。


 本務はどうにも人混みの中を歩くのに慣れていないようだったし、そこに気を遣えなかった僕が悪い……のか……?


 そう考えると、頭に昇っていた血が、スッと下がっていった。


「なんか、ごめん」


「いいのさ。こうして見つけてくれたわけだしね」


「分かってたのか? その、僕が探すって」


「もちろん。キミは助手なのだからね」


 事あるごとに助手を強調してくることに、何か意味はあるのだろうか。けれど、彼女に特別扱いされるのは、悪い気がしない。


 僕はカウンター席に座る、本務の隣に腰を下ろすと、アイスコーヒーを注文する。


 爺さんが裏に引っ込んでしまってから、しばらく沈黙が続いたけれど、先に口を開いたのは僕だった。


「次からは、見失わないようにするよ」


「そうしてくれたまえ。でもね――」


 本務は机の上にある僕の手をギュッと握る。


「これからはこうしてくれた方が、嬉しいかな」


 顔が真っ赤になっているのを感じる。


 でも、誰だって、こんな可愛い笑顔で言われたら、照れてしまう。


 そんな笑みだった。


「さて、それでは罰として、ここの支払いは任せたよ」


「わかっ……ええ!」


「不満かい? 女性を置いていってしまった罰だよ」


 頷きかけてしまったが、そう言われると、性根がチキンな僕は何も言い返せない。


 僕が女性に弱いのは、きっと姉のせいに違いない。



 僕らが店を出ると、外は夕日のせいで、あちこちが赤く染め上げられていた。

 

「なあ、僕が付いてきた意味あったのか?」


 本務は、僕とはぐれた後、一人で携帯ショップに赴き、契約を済ませて来たらしく、手には新機種の入った紙袋が握られている。前を歩く本務は、どうにも僕の予想を外してくるのが好きらしい。


 これでは、僕はただ本務に振り回されて、貴重な一日を潰してしまっただけではないか。


「もちろんあるさ。ボクはただキミと――」


 本務は振り返りながら、僕の疑問に答える。


「デートがしたかっただけさ」


 その顔は、夕日のせいか、赤くなっているような微笑みだった。



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