依頼の背景
家に帰ってから本務に言われた通り、高知さんのSNSを調べてみることにした僕は、昨日と変わらず唸っていた。というのも特に目立った部分が見つからなかったからだ。
匿名性であるがゆえに、彼女が誰とよく会話していたりするのかも分からないし、第一、個人チャットルームに入場されてしまえば、他の人からはそこでの会話を見ることが出来ない。そのため、彼女の売春行為の裏を取ることは出来ないのだ。
「あと調べられるとすればフレンドを確認するだけだけど……これじゃあストーカーだよ……」
そんな事をぼやきつつも、高知さんのアカウントのフレンド項目を一つ一つチェックしていく。彼女のフレンドは百人以上もおり、それらを確認する作業は苦行に他ならなかったが。
「……ん?」
ふと、一人の項目に目が行ってしまう。
見れば、随分と長い間更新がされておらず、高知さんとの絡みもないようだった。
普通にならば、飽きてしまいログインすることがなくなったのだろうと考えたのだが、彼女のアカウントだけは何だか違和感を感じた。その違和感の正体を探るべく、僕はその人の動きを遡っていく。
どうやら女性らしいそのアカウントは、自分からは発言しないものの、他の人には積極的に絡みに行っており、フレンドも多かった。特に高知さんとは会話が弾んでおり、親しいようだった。それが二年ほど前から徐々に動きがなくなり、約一年前にはふっつりと途切れている。
「そういえば、高知さんも一年前に一ヶ月ぐらい更新してない時期があったな」
口に出してからあまりにも気持ち悪すぎた発言だったと思い直し、しばらくの間ベッドで転げまわった。
しかし、冷静に考えてみれば妙に様々なことの時期が重なりすぎている。コインロッカーの赤子、高知さんの出産、そして親しいフレンドの更新停止。
「これは……調べてみたいな」
この三つの事柄が、何かで繋がっているようにしか感じない僕は、そのことを考えているうちに眠りに落ちるのだった。
翌朝、いつも通りに教室へ行ってみると、もはや恒例となってしまっているのか、麗度が元気に絡んできた。
「よお! おはようさん」
「ああ、おはよ」
こういう何気ない挨拶をすると、普通の学生をしているということを再確認できる。特に最近は色々非常識な本務に付き合ってアレコレしているため、余計にだ。
HRが始まるまで、何気ない会話をしていた僕らだったが、ふと思い出したように麗度が言う。
「こないだお前に相談してきたヤツがいたって言ってたじゃん」
「ああ、そうだな。まだ怒ってたか?」
「おこ……? いや、それがさ、ソイツそんな事してないって言うんだよ」
「は?」
いやいやいや、そんなはずはない。
「いや、そんなはずないだろう。青林高校三年の高知さんっていう女子が僕のところに来たぞ?」
「まず、俺の友達は同学年だし、男だ。お前、一体誰と話したんだよ」
急に寒気が走った。僕らに依頼をしてきたのは、僕らを知るはずのない人物……いや、それどころか実在してるのかも怪しい。しかし、高知さんと名乗る女子に聞いたところで教えてくれる保証もない。なにせ、事件と関わりのある捨て子の事を話さなかったぐらいだ。
なら、取るべき手段は一つ。
「おい、大丈夫か? 顔が青いぞ……?」
自分でも血の気が引いてると感じるのだ、麗度視点ならハッキリと分かるだろう青ざめた僕を麗度は心配してくれた。
「……なあ、麗度。頼みがある」
「お、おう」
「その青林高校の友達とやらに会わせてくれないか。出来れば今日中に」
自分でも無茶苦茶な頼みだと分かっていたが、麗度も変だと思っていたのか「分かった」と了承してくれた。
その日の僕は、終始青ざめていたように思う。午前のうちに、麗度が相手の了承を得たと報告してくれなければ、きっと昼食は喉を通らなかっただろう。長年の不安が取り除かれたと言っても、その間に築き上げてしまった過敏な神経は、すぐには元に戻らないのだ。
ようやく放課後になって、僕と麗度は二人で、彼の友人の待つ青林高校へと向かった。
待ち合わせ場所は、青林学園前駅のそばにある、小奇麗な図書館だった。青林学園は小~大学までが入っている名門校というだけあって、利用者は学生が多く、僕らがいても不思議ではない。
「知ってるか? この図書館、青林学園の寄付で出来たらしいぜ」
「……さすが金持ち学校」
することがビッグすぎる。
そんな会話をしているうちに、一人の男子高校生が入り口から入ってきたのが遠目で確認できた。麗度も気づいたらしく大きな声で呼びつける。
「おー! こっちこっち!」
図書館ではお静かに。という張り紙が見えないのかコイツは……ほら、司書さんが睨んでるじゃないか。
呼ばれた男子は、苦笑しながら近づいてきた。学生服を多少着崩しながらも、だらしなさは感じず、それどころか短髪と顔の整い具合から爽やかさをすら感じる。つまりはイケメン。
「図書館ではお静かに、だろ麗度」
「ああ、そうだったな悪い。で、コイツが話してた同級生のオカルトマニアの渡須。渡須、こっちは俺の中学の同級生の三戸」
「お噂はかねがね。三戸です」
「え、ああ、渡須です」
麗度や本務と違って常識人らしい三戸の人物像に面食らっていた僕だったが、彼の挨拶に慌てて挨拶を返す。
「それで、俺が相談しに行ったんだって?」
「そうなんだよ三戸。なんでも、校門で待ち伏せされたらしいぜ」
「へー。で、どんな奴だった?」
「あー、高知さんって名乗る青林高校三年。知ってる? 三戸……くん」
「三戸でいいよ。高知先輩は知ってる。黒髪ツインテのちっこい人だろ? 同じ陸上部所属」
イケメンはやっている部活もカッコいいな。そしてどうやら、高知さんは実在していたようだ。束の間の安心に胸を撫で下ろしたが、本番はここからだ。
「どんな人?」
「うーん、あんまり絡みはないんだよなあ。俺が部活入ったばっかのときは、正直いることすら知らなかったし」
「え、そうなん?」
「そう、最近なんか急に可愛くなっててさ。ビビったわ。んで、偶然会った時にちょっとした会話のつもりで、麗度が言ってたオカルトマニア渡須のことを話した」
なるほど、確かにそれで話の辻褄は合う。そして"可愛い"という単語に惹かれたのか、麗度が前のめりになって話しかける。
「へー、そんな可愛いのか」
「そらもう。半年ぐらい放課後の練習とかも来なかったから、彼氏でも出来たのかなって思ったぐらい」
「ほお!」
「まあ、あの人、一年上の女の先輩に憧れて入ったらしいから、もう先輩のいない陸上に興味ないんだろうなって思ってたんだけどね」
「一年上かあ……もう卒業しちまったもんな」
「いや、それがさ」
急に三戸の歯切れが悪くなる。隠しているというよりは、言っていいものか悩んでいるという風だった。
「なんだよ」
それを感じ取ったのか、麗度が促す。三戸はしばらく溜めてから、ゆっくりと口を開いた。
「その先輩、死んだんだって」
「は?」
「え?」
「なんか、電車の人身事故で」
「そう、か」
「それは、なんていうか……」
「一年ぐらい前なんだけどさ。そんとき、俺の最寄りの持仲駅でもちょっとした事件があってさ。あの沿線ヤベェなって雰囲気だった」
「一年、前……」
このとき、パズルのピースが一つ嵌った気がした。ちょうど一年ほど前、更新停止したアカウントを僕は知っている。
「渡須? 大丈夫か?」
「え、ああ、大丈夫。話してくれてありがとう」
「三戸サンキュ。渡須が会った女が実在してるって分かって良かったわ」
「どういたしまして。それじゃ、俺部活あるから」
考え込んでしまった僕に、三戸は優しく声を掛けてくれ、こちらが感謝すると片手を上げて去っていく。イケメンは何をしてもカッコいいんだな。
「じゃあ、俺らも帰るか」
「そうだな」
帰りの電車の中でも、麗度と別れたときも、家に帰ってからも、僕の頭の中は死んでしまった女の先輩と高知さんの関係を考え続けていた。おそらく、この関係には、高知さんが捨てたという赤ん坊も入る。
しかし、僕が辿りつけたのはそこまでだった。まだピースが足りないのかもしれない。
「……そういえば今日、本務のところに行ってないわ」
本務に報告しなければいけないと思うのだが、毎日来いという言葉を早速無視したことで、何を言われるか分かったものじゃない。そう考えると明日が憂鬱になる。
その夜、僕は本務に延々と罵倒される悪夢にうなされるのだった。




