コインロッカーを調査せよ
「おい、大丈夫か本務」
「ぐうぅ……これだから乗り物は嫌いなんだ……密閉空間なくせに、誕生してから致命的な欠陥である揺れをちっとも改善しようとしないし、あの独特なニオイは本当に慣れない……」
「それだけ喋ることが出来てたら大丈夫だな」
翌日の放課後、言われたとおりに本務を迎えに行き持仲駅へと行こうとした僕らだったが、そこで本務が電車を使わず徒歩で行くことを進言してきたのだ。
二駅程度とはいえ、それなりの距離を歩きたくなかった僕は適当にあしらい、嫌がる本務を乗せた結果がこのザマである。どうやら本務は乗り物が致命的に弱いらしく、青ざめた顔で僕にクドクドと文句を垂れてくるのだ。
「だいたいキミは二駅程度も歩けない足を持っているとは一体どんな生活をしているんだい。一昔前の先人たちを見習いたまえ。彼らは車も電車も無い時代にその素晴らしい健脚で日本全国を行脚したというのに」
「悪かったって……ほら」
持仲駅前のベンチに座って、もはや説教染みてきた文句を投げつけてくる本務に、近くの自販機で買ってきた水を手渡すと、一気に飲み干していた。
「ふう、少し楽になったよ」
「それは良かった。それじゃ、楽になったところでコインロッカーの調査を始めてみようか」
どうやら持仲駅にコインロッカーは西口にしかないらしく、その数もとても少なかった。そのため、二人で調べればあっという間に終わると思っていたのだが、本務は意外そうな表情で僕の言葉を否定してきた。
「何をいっているんだい。コインロッカーはキミ一人で調べたまえよ」
「は? いや、それじゃあお前はどうするんだよ」
「ボクにはボクの役割がある。キミに調べてほしいことは一つ。ロッカーに何か仕掛けられた形跡はないか、だ。徹底的に頼むよ」
「あ、おい」
本務はそれだけ言うと、さっきまでの情けない姿はなんだったのか人混みの中に消えてしまった。仕方なく僕はコインロッカーの元まで行くと、その一つ一つを開けて調べ始めた。ときには隅を、ときには扉の裏側を、ときには鍵穴を、それらが終わったら周囲を歩きながらおかしなところがないか調べた。
しかし、僕の調べ方が悪いのか、綺麗に証拠隠滅したのか、おかしなところは見つからず、それどころか快速が止まり、目の前を大きな国道が走っており人の絶えない持仲駅で、道行く人たちから奇異の目で見られることになった。そりゃあ、ロッカーを開けたり閉めたりして周りをウロウロしている学生なんて見た日には、僕だって変な目で見てしまう。
幸いなことにロッカーはどれ一つとして使われておらず、二度とこんな事をしなくてもいいというのが救いだった。
「やあ、お待たせ。……随分と疲れているようだけど、何かあったかい?」
仕舞には駅前交番から出てきた警官に質問され、落とし物を探していると嘘をついてしまった僕が、偽の落とし物届を書き、その罪悪感からベンチで項垂れていた僕に、ようやく帰ってきた本務が声をかけてきた。
「ああ……ロッカー付近でウロウロしてるのを不審がられて交番に行ってきた」
「アハハ! それは実に滑稽だねぇ」
誰のせいだ誰の!
しかし、突っ込む気力もなくなっていた僕は、笑う本務に調査結果を報告することにした。ホウレンソウは大事だからな。
「それで、素人目だけどロッカーには何もなかったよ」
「まあ、そうだろうね」
そんな事だろうと思ってたよ……。
「それで、そっちは何を調べて来たんだ?」
「ああ。この付近で子供に関する事件がなかったか聞き込みをしてきたよ」
「僕と違って有意義な調査だな!?」
「そんなことはない。キミの方だって重要さ」
「ソウデスカ。……で、結果は?」
「とても興味深い情報を聞けたよ」
「どんな?」
「その話をする前に、一度帰ろうじゃないか」
勿体ぶっているのか、得意げな笑みを本務は浮かべる。そして、そのまま歩いて行こうとする本務の肩を僕はしっかりと掴んだ。
「な、なんだい」
「ああ、帰ろうじゃないか。電車で」
「いや、ほら、来たときはそうだったから帰りくらいは――」
「問答無用」
こうして僕は、嫌がる本務を引きずって電車に乗ることに成功。ささやかな復讐を遂げたのだった。
「ひ、酷い目にあった……」
「電車くらいで大袈裟な」
僕の行きつけの喫茶店のカウンター席に座った本務は、青ざめた顔をしながらコーヒーを喉に流し込んでおり、それを見ながら紅茶の香りを楽しむ僕は少しだけ爽やかな気分でそれを見ていた。
「それで? 結局何がわかったんだ」
このまま放っておくと、僕に対する呪詛と罵詈雑言で今日が終わってしまいそうだったので、先手を打って質問する。
「ああ、キミにロッカーを調べてくれと頼んだのは、ロッカーにモスキート音を発生させる何かがないかと思ったからなんだ」
「モスキート音って……年齢によって聞こえなくなってくるっていうアレか?」
「そう。その音を聞き間違えたんじゃないかと思ってね」
そうだったのか。なら僕の行動にも理由があったってことだ。これは少し悪い事をしてしまったかもしれない。
「まあ、モスキート音は特徴的だから聞き間違えるわけはないし、仮にそうだったとしてもとっくに無くなっているだろうから、違うだろうと確信していたけども」
前言撤回だ。あの程度じゃ生温いから今度は縛りつけて始発駅から終点までを往復させてやる。
「……それで、お前のほうはどうだったんだよ。興味深い情報が聞けたとか言っていたが」
「うん、それなんだけどね」
曰く、過去、コインロッカーから赤子の死体が見つかったというのだ。
発見されたのはちょうど一年ほど前。朝、通勤途中の会社員がロッカー付近での異臭を駅員に報告し、確認に向かった駅員がロッカーの一つを開けたところ、赤子の死体を発見、警察に通報したとのことだ。
最初のうちは警察も詳しく調べていたのだが、ある時パタリと止んでしまう。
不思議に思った付近の住人らが署に赴き問いただしたのだが、警察も事件は解決したの一点張り。
やがて、事件は風化したとのことだった。
「もろ関係あるじゃん!」
全貌を聞いた僕は思わず叫んでしまい、カウンター向こうの爺さんが驚いた表情でこちらを見つめてきていた。スマン爺さん。
「そうだろうね。ただ、一つ分からないのは――」
「何故、高知さんがこの事を話さなかったのか……だろ?」
声を抑えた僕の指摘に、本務は信じられないといった表情でこちらを向いた。
「……驚いた。それに気付けるぐらいの知性はあるのだね」
「バカにしすぎじゃないか!?」
たしかに赤点あるけども!
「まあ、それは置いておいて……そうだよ。あの駅が最寄りであると言った以上、この事件を知らないはずがない。ましてや、彼女が聞いたのは赤ん坊の泣き声。関係ないとは思えないはずだ」
「彼女は何かを隠してるんだな?」
「おそらく、そうだろう」
これは分からなくなってきた。解決してほしいと依頼してきた張本人が、関わりあるとしか思えない事件の情報を隠す理由も、その赤ん坊の幽霊(?)が今更出てきた理由も。
「というわけで、彼女を明日呼び出してくれたまえ」
「は?」
僕が考え込んでいると、あっけからんとした本務が言ってきた。
「ま、待てよ。そういうところも解き明かすのが探偵じゃないのか」
思考の深みへ入ろうとしていた僕は、突然言われたことに頭が追いつかず、焦ってトンチンカンなこと口走る。何より、昨日あれだけ怒っていた高知さんに連絡を取りづらい。
「何を言っているんだキミは。誰かが分かっているのなら聞いた方が早いだろう」
「いや、そうなんだけど……」
「では決まりだ。明日の放課後、彼女とキミが来るのを理科準備室で待っているよ。ご馳走様」
それだけ言うと、本務はさっさと店を出て行った。さりげなく支払いを僕にブン投げて。
「あの……」
「はい」
「領収書下さい」
「かしこまりました」
しばし呆然としていた僕だったが、爺さんに領収書をもらうことにした。いつか本務に必要経費だといって徴収するために。




