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探偵は人の感情を持たない

「とにかく、渡須くんから話は聞いている。詳細を話してほしい」


「あ、うん」


 部屋に入ってからも、しばらく無言の空間が出来上がっていたが、焦れたように本務は話を促す。高知さんは、僕が入れたコーヒーにいくつも砂糖を落としてから一口含んだ後、ゆっくりと話し始めた。


「初めて泣き声を聞いたのは、三日前。三年生だから、新入生歓迎会のために学校に行った帰りだったわ。アタシ、持仲もちなか駅に住んでるんだけど、休日の昼間だったし人は少なかった。そこでコインロッカーの方から赤ちゃんの泣き声が聞こえたの。それで駅員さんに言って、一緒に見に行ったんだけど、駅員さんは何も聞こえないって言うのよ。でも、アタシにはまだ聞こえてた。それでアタシ怖くなって逃げちゃったってワケ」


「高知さんにしか聞こえない泣き声かぁ……」


 なるほど、確かにそれは怖い。


「ロッカーを開けてはみなかったのかい?」


 何やら考え込んでいた本務だったが、何気なく問いかける。


「そんな怖いこと出来るわけないじゃない」


「なぜ?」


「何故ってそれは……」


「声が聞こえただけだろう? 特に害があったわけじゃない」


 本務の疑問に、高知さんは黙り込んでしまう。確かにその通りなんだけど、コイツは遠慮とかそういう概念を持ち合わせていないらしいということをすでに知っている僕は、高知さんのフォローに入ることにした。


「害があってからじゃ遅いだろう。それに、人に聞こえない声が聞こえるだなんて、僕でもそれだけで逃げ出しちゃうよ」


「そ、そうよ。何かあったら嫌だったから逃げたの」


 二対一で反論された本務は不本意そうだったが、無表情のまま質問を続ける。


「その日以外に泣き声を聞いた日は?」


「ないわ」


「ふむ、空耳だったってことはないかい?」


「何かを聞き違えたってことはないわ。ハッキリ聞いたもの。……一応言っとくけど、麻薬なんてやってないわよ?」


「そんな心配してないさ。それで、泣き声が聞こえる心当たりは?」


「心当たり?」


「なんでもいいんだ。子供が関係してくるような」


「……ないわ」


 質問を終えたのか、本務は顎に手をやって考え込む。話し合っている間に本務の分のコーヒーを入れたので、さりげなく置いておいたのだが、手を付ける様子はない。


 やがて本務は頷くと、口を開いた。


「わかった。引き受けよう」


 その言葉に高知さんは、強張った表情を和らげ、ホッとしたような笑みを浮かべた。花の咲くような可愛らしい笑顔だったが、続く本務の言葉に笑顔は引き攣る。


「料金に関しては全てが終わった時に請求するけども、六桁は覚悟して用意しておきたまえ」


「え……?」


「なんだい、その反応は。まさか無料タダでやってもらおうなんて甘いことを考えていたんじゃあるまいね」


「普通そうでしょ!?」


 本務のあっけからんとした表情と態度に、高知さんは怒ったように声を荒げた。先程までの小悪魔的な表情とは打って変わって、肩を怒らせ耳まで真っ赤になりながら大きな声を出されたので、僕はビクビクしながら見守っていたが、本務は肩を竦めるだけだった。


「全く、頼みごとをするときは何か代償が必要になることぐらい知ってるだろう」


「だからって十万単位でお金要求してくる!?」


「キミが言ったんじゃないか、害があるかもしれないと。危険な依頼は高額になるさ」


「本当に危ないかどうかも分からないのに……ッ」


「ならばキミが自分で調べてみればいいさ。ただ、聞いた限り危険だろうね」


「く……ッ」


 本務は相変わらず無表情のまま、コーヒー片手に話していたが、反対に高知さんは真っ赤を通り越して青くなり始めていた。きっと頭に血が上りすぎて貧血気味になっているのだ。



「……わかったわよッ! 払えばいいんでしょ! ただし解決できなかったら――」


「納得していただけたようで何より。仕事は明日から始めることにするから、今日は帰りたまえ。ああ、こちらで勝手に調査するから、キミはボクの助手に呼ばれるまでは平穏無事に学校生活を楽しむといい」


 高知さんの脅しとも思える言葉を、本務は遮る。火に油を注ぐような挑発だったが、それに高知さんは乗らず、唇を噛みしめると部屋を出て行ってしまう。


「何をボサッとしているんだい。さっさと彼女を送ってあげたまえ。他校の生徒がいるとバレたら面倒だろう」


 オロオロするだけだった僕は、本務に言われて部屋を飛び出した。幸いなことに高知さんは廊下へ出てすぐのところで立ち止まっていたが、隣には担任の百地ももちがいた。


 どうにかしなくては、と思うよりも先に僕は動いていた。


「ああ! こんなところにいたのか全く離れちゃダメだろ」


 そんな事を口走りながら、高知さんを後ろから抱きしめる。しかしテンパっていた僕は、柔らかいとか、良い香りだとか考える余裕はまったくなかった。


「渡須、彼女か?」


「そうなんです先生いや彼女が学校を見たいって言うから案内してたんですよ」


「そ、そうだったのか」


「ええそうなんですそれじゃあ彼女を校門まで送っていくのでまた明日」


「あ、ちょ」


 百地は何かを言いたそうにしていたが、僕は構わず高知さんの肩を抱くと玄関へと向かう。ところで高知さんが何も言ってこないのが恐い。


「いつまで……」


「え?」


「いつまで肩抱いてんのよ!」


 校門まで無言だった高知さんが急に叫んだので、僕は飛びのいてしまう。


「誰がアンタの彼女よ」


「いや、あれは仕方なく……」


「仕方なく抱きしめてきたの? まったく、これだから童貞は」


「どっどど童貞!?」


 汚物を見るような冷たい視線を僕に向けながら、高知さんはブレザーの上着を脱ぐと、その下に着ていた黒いセーターをこちらに投げてきた。


「アンタの童貞臭が移ったからあげるわ。好きに使いなさい」

「使わねぇよ!」


 というか使うってなんだよ!


 しかし、高知さんは無視して帰って行ってしまう。あとには僕と、僕が持つ温もりの残る黒セーターだけが残った。


 どうやら本格的に嫌われてしまったらしい。そりゃあれだけ煽られたら怒るわ。けして僕の行為が追い打ちをかけたわけではない……と思う。


 僕が若干へこみながら理科準備室に戻ると、すっかりぬるくなっているであろうコーヒーを掻き混ぜながら物思いにける本務が出迎えた。流石に言い過ぎたと感じているのだろうか。もしそうなら、今度会った時に一緒に謝ってやろう。


「どうも不可解だ」


 どうやら自己嫌悪に浸っているわけではないらしい。心配した僕が馬鹿みたいだ。ついつい溜め息を吐いてしまうが、きっと同じ立場なら誰であろうと同じことをしたことだろう。


「何が不可解だって?」


「それがボクにもわからないんだ」


「おいおい、あんなこと言ってたくせに大丈夫かよ」


「彼女はどこか違和感を感じる」


 どうやら、僕が感じた違和感を本務も感じていたようだ。


 そこで初めてこちらを向いた本務は、僕の手に握られているセーターを見て目を丸くした。


「それは……?」


「ああ、ちょっと高知さんに触れたら、僕のニオイが移ったとかで投げて寄越したんだ」


 ちょっとどころではないのだが、抱き着いたとは口が裂けても言えない僕は、事実の中に嘘を織り交ぜる。そのことに気付いているのか、いないのか、本務は優し気に笑う。


「随分と嫌われてしまったんだね、キミ」


「お前のせいだよ!」


 昨日はあんなにも親し気に接してくれたのに、お前が要らん事言うから僕まで嫌われたじゃないか!


「とにかく、明日から調査を始めよう。朝来る必要はないから、放課後迎えに来てくれたまえ」


「……わかったよ」


 僕の必死な突っ込みを無視した本務に、僕は脱力しながら応える。コイツに悪気わるぎのに文字はないんだろうな。肝に銘じることにしよう。


 

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