探偵を名乗る少女と僕の出会い
桜舞い散る中、新入生たちと一緒に学校の門を通ると、それらを引き留め必死になって部員を増やさんとする熱心な二、三年生たちに囲まれる。ただ、僕が通う「県立遠縁高等学校」は学ランの胸元に光る、学年ごとで色の違うバッジのおかげか、何度か行く手を遮られながらも、一年生よりよっぽど楽に下駄箱へと辿り着いた。
今日から二年生だというのに、まったくもって実感が湧かなかったが、こうして学校まで来てみると中途入部なぞ要らないとばかりに無視されると、寂しさというか虚しさというか何だかよく分からない気分になる。
だが、それで正解。僕に関わると碌な目に合わないだろうし――。
「よお! 相変わらずシケた顔だな。二年生になっても昼行燈の名前は健在か?」
「なんだよ朝からうるさいやつだな。それに僕の名前は渡須 仁だ。昼行燈ってなんだよ」
朝なのにテンションが高く、馴れなれしく肩に腕を回すコイツは麗度 連。いつもニヤケ面を顔に張り付けて、短めの髪をツンツンにした同級生だが、けして友人などではない。
「なんだとは失礼だな。新入生同士の自己紹介のときにオカルトマニアであることを暴露して、それが度を越していることが判明。見た目も行動も相まって常にポッチ生活をしてきたお前に話しかけてきてる唯一の友達を失くす気か?」
「それはそっちが勝手に言ってるだけじゃないか……」
「それはそうと、良い知らせが二つある。一つ目は俺ら、また同じクラスだ」
「僕にとって悪い知らせだけど?」
あいうえお順で名字が近いこともあって、入学当初の席順が近かった麗度は事あるごとに僕に絡んでくる。自分は明るく人気者で、クラスの中心人物と言っても過言ではないくせに。
話が面白く、先生たちからの信頼からか、かなりの(学校に限り)事情通である彼が僕に近づいてくるのは、なんでも「僕といると面白いことが起こりそうだから」だそうだ。
関わって欲しくないから辛辣な物言いをしているはずだが、それでもめげずに話しかけてくるのは図太いのか気づいてないのか。
「二つ目は新入生がくるらしい。それもかなり美人だって話だ」
「それも特に興味な……新入生?」
いつものように受け流そうとしたが、変な言い回しに気に掛かってしまった僕は聞き返してしまう。新入生なら校門から下駄箱に至るまでわんさかいるじゃないか。
聞き返してくる僕に、彼は目を輝かせている。普段は「へー」とか「ふーん」とかしか返事をしないが、たまに聞き返すとこうして目を輝かせる。
「お、気になったみたいだな。そう、新入生だよ。おかしいだろ? 転校生とかじゃないんだ。なんでも、一年生から在籍はしていたけど学校には一日たりとも登校していないんだと。それでも退学させられなかったのは、家で受けさせてるテストの点数が常に満点だからだそうだ。……噂じゃ入学テストも満点で合格したそうだ」
後半は小声だったが、教室に辿り着くまでの騒がしい廊下の中で不思議と明瞭に聞こえた。自分でも気づかないうちに彼の話に集中していたようだ。
「それはまた……でも何で今更登校しようなんて思ったんだ?」
「さあてな、その子に聞いてみるといいさ」
「僕なんかより君の方が適役だろう」
「たまには自分から他人に関わってみろよ」
「余計なお世話だ」と言おうとすると、HRの開始を告げるチャイムと共に担任が入って来てしまう。仕方なく僕は口を閉ざし、麗度は自分の席へと戻ってしまう。と言っても彼の席は僕の目の前だが。
「おう、新二年生諸君。君らの学校生活を補助する数学科の百地だ。君らに行っておくことは二つ。面倒を起こすな。よく学び、よく遊べ。あわよくば彼氏彼女の一人でも作れ……あれ、これじゃ三つか」
担任の百地はひどくダルそうな雰囲気と、面倒そうな物言いから本当に教師かと思うほど胡散臭そうな雰囲気だ。現にクラスで先ほどまで騒いでいた男女は、ポカンと口を開けて担任を見つめていたが、段々と距離を置くような眼つきへと変わっていった。
その視線を知ってか知らずか、百地は取ってつけたように言葉を続ける。
「あー、それから新人を紹介する。入ってこい」
その声と共に教室の扉を見た百地の視線に釣られたように、生徒一同が視線を向ける。すると胡散臭げな目線は、男は嬉し気に、女は驚きへと一気に変化していった。
それもそのはず、ガラリと扉を開けて入った来た女子は、誰もが息を呑むほどの美人だった。スラリと伸びた手足、気の強そうな光を宿した目、整った顔立ち、そして日本人らしく慎ましく膨らんだ胸がセーラー服の上からでもわかる。
彼女は黒く艶やかな長い髪を靡かせながら教壇へ辿り着くと生徒を見渡す。そのとき僕と視線が合った気がしたが、特に気にした風もなく視線を前に戻して小さめの唇を開いた。
「本務 白です。ただ、一部を除いて二度とお会いすることは無いと思うから覚えなくていい」
……美人だがどうやら性格に難有りのようだ。
見ればクラスの空気が凍り付いているし、彼女が入ってきた瞬間にガッツポーズを密かにしていた麗度も、その腕を下ろしていた。
言いたいことを言ったのか、本務はスタスタと歩くと僕の後ろに空いている三つの席のうち、事もあろうか真後ろの席に座る。通り過ぎたときに見たのだが、彼女は鞄すら持っていない。
そして、なぜか僕の足元が疼いたような気がした。
「あー……じゃあ、HRを始めるぞ」
凍った空気を何とかするべく、百地は当たり障りのない連絡事項を伝えてくる。そのうちに空気は和らいでいき高校生らしい賑やかな雰囲気へと戻っていった。
しばらくはおとなしくしていた本務だったが、百地が黒板に振り向いた途端、丸められた紙が机の上に飛んできた。鞄も持っていないくせに何処から紙とペンを調達したんだ。
開いてみると、えらく達筆な文章が書かれていた。
――貴方の秘密をバラされたくなかったら学校が終わり次第、理科準備室に来なさい――
「……は」
なんだコレ。秘密? コイツ、僕の何を知ってるってんだ。
後ろを振り向こうとしたが、本務と視線が合ったらと思うと僕は怖くて振り向くことが出来なかった。
また、足元が疼いた気がした。
それからの僕は学校が終わるのを今か今かと待ちながら過ごしていた。
本務はHRが終わり次第教室を出て行ったし、麗度が何かと話しかけてきた気がするが、それらを僕は自分とは全く別の人物の目線から見ていたような気分だ。
そして、学校の終わりを告げるチャイムと同時に僕は鞄を掴んで教室を飛び出していた。その時麗度の引き留める声が聞こえたような気がしたが無視した。周囲では部活がどうだの放課後がどうだのと騒いでいるが、関係ない。僕の秘密とは何か、それを知らなければ。
この学校は教室棟と実験棟で校舎が分かれているが、それを今ほど不便に感じたことは無い。焦る気持ちを抑えて速足で歩いていた僕は、いつの間にやら理科準備室の前に立っていた。
取手に手を掛けると、普段であれば鍵が掛かっているはずの扉が僅かに開く。僕は深呼吸をしてから一気に扉を開く。
――そこではカーテンを閉め切った部屋に、セーラー服の上から白衣を着て、一つしかない机の上に女子らしからぬ胡坐をかいた本務が、無表情で僕を見ていた。不覚にもドキリとしたが、表情に出さないように努める。
「待ちくたびれたよ。さあ、入りたまえ」
本当に女子かコイツ。痛々しい口調で無表情のまま手招きした。僕が入ると、机から降り、僕の横を通り過ぎると扉を閉める。……おい、ガチャって音がしたぞ?
呆気に取られていると、いきなり電気が消える。
……暗くて何も見えない。扉に小窓が付いているはずだが、そこは理科準備室。太陽光で薬品が化学変化を起こさないように、律儀に黒い布で覆われているから、本当の暗闇だ。
混乱していると、暗闇の中から本務の声が聞こえてくる。
「さて、キミの秘密をボクは知っている」
いわゆるボクッ娘か。とことん痛々しい奴め。
「一体何のことだ。何がしたいんだお前は」
「簡単さ。実はボク、探偵なんだ。だからキミが悩んでいる事も解決してあげられる」
「……そうか。それじゃあ自称探偵さん、僕が一体何に悩んでいるのか当ててみてくれよ」
段々と苛立ち始めていたが、このお遊戯会に付き合ってやることにする。差し当たっては、その悩み事とやらを教えてもらおう。
「キミ、自分の影が怖いんだろう」
背筋が凍る。何故知っているのか。だが、さも訳が分からないという風におどけて見せる。
「……影が怖い? そんな小学生じゃあるまいし」
自分がどこに話しかけているのかも分からないまま答えると、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてくる。暗闇の中からの笑い声は、誰のものか分かっていても不気味で、凍った背筋に汗が流れたような錯覚をした。
「恥ずかしがらなくていいさ。……何せ、キミの影は生きているんだから」
今度こそ限界だった。何も言い返せない。自分が目を逸らしてきた、妄想だと言い聞かせてきた事を事実だと言われたのだ。きっと今の僕は随分と間抜けな表情をして固まっていることだろう。
「な……んで……」
「言ったろう。ボクは探偵なのさ」
答えになってない。と言い返そうとしたが、乾ききった口は掠れた音を発するだけだった。
耳元で声がした。
「だからボクが助けてあげるよ」
何者なんだ、この女。