第1話
私は今、古びたどこにでも有るような机に向かい、ペンを走らせていた。何度も出てくる言葉を書き殴っては、くしゃくしゃにした原稿は傍でゴミ箱にも行けず、無言の存在となっていた。
煙草をふかしては、頭を抱え、伝えるべき言葉を探していたのだ。文章力もない自分が、どうしてこんなに気持ちをかき立てられるのか。
それは、3ヶ月前に遡る。
「あれ?これ何?」
「あ、それ。あなたの叔父さんが書いてた小説の一部よ」
それは、ある単行本の裏表紙に走り書きされた、紛れもない叔父の字だった。
「叔父さん?叔父さんがこれを書いたの?」
「あなたの叔父さん、小説家になりたくてね、いっぱい書きためていたの。思いついた時にね、すぐそばにある空白にそうやって書いてたわ」
叔母は、そう言いながら、身の回りを整理する手は止めていなかった。
「知らなかったな、叔父さんがそんなことしてたなんて」
叔父が亡くなってから、すでに1年が経とうとしている。やっと、心の整理がついたのか、叔母は、遺品を片付けるのに近くに住んでいた私を呼んだのである。
叔父の生前、私はあまり、会うことはなかった。小さい頃に感じた酒癖の悪いイメージが、頭に残っていたからである。
私の祖父、祖母は土建の仕事をしていた。その仕事仲間もよく休みの日には、昼間から酒を飲んでは管を巻いていたので、叔父もその中に入っては、喧嘩ごしの言葉で会話をしていた。それが、唯一の記憶である。
そんな叔父にもこのような一面があったなんて。私は、今になって少し叔父という存在に興味を持ったのである。いや、頭が良かったということは、叔父の弟、妹から数多く聞いていたので、その言葉が嘘じゃなかったのかな?と思い直したのである。
「どんなこと書いてたの?」
「私もよく知らないわ。書いてたんだけど、私達にはあまり、見せなくてね。雑誌とかには投稿してたみたいだけど。もし、あるなら、そうそう、ほら、奥にある彼の本棚の下にある段ボールの中にあるわよ」
そう言いながら、慌ただしそうに叔父の部屋を出て行った。
私が言われた場所を探すと、大きな段ボールが3箱ほどあり、その中にはぎっしりと原稿のようなものがあったのである。
私は、幾つか束にされたその原稿の題名をとりあえず、見ていった。中には、もう原稿自体が茶褐色に年代を染めていて、文字もはっきりと見えないほど、時代を感じさせていた。
「結構、沢山あるな」
最初はあまり、興味を示せず、ふんふんと右から左にその束を交わしていたのだが。
「あれ?これ中国語だ」
私は、仕事の関係で最近、中国との関わりが多く、また、中国の歴史が学生の頃から好きだったので、そういったものは他の人が見るよりも、自分の手にする事が多かった。
「相信泪水って、信じる涙っていう意味だったよな」
私は、その表紙を傷付けないようにそっと開いたのだった。
「最愛なる私の母、君子に捧げる真実の物語」
そこには、そう記されてあった。
「あれ?君子って、本当に祖母の名前だ」
私は、ただその一行を読んだだけで、これを読んでみたいという衝動にかられたのである。他にも沢山の興味を示すような題名はあったが、とりあえず他のものは、叔母に
「この段ボールは片付けないで」
と念を押し、そっと元の場所に戻した。
「小説を読むなんて、久しぶりだな」
それも、こんな身近な人とはね。私は、夕方まで、叔母の片付けを手伝った後、その小説を借りて、家へと帰ったのである。
それが、この物語を書こう、いや、記して、伝えていかなければならないと思った私の素直な気持ちだった。