第7話 美実の未来予想図
「ほら、美実姉さん。早く! 約束の時間に遅れちゃう!」
「ちょっと美幸、引っ張らないでよ! まだ大丈夫だってば!」
そんな事を言い合いながら、時間ギリギリに待ち合わせ場所の駅前のファミレスに入った二人は、すぐに淳の姿を見つけて、そのテーブルに歩み寄った。
「小早川さん、すみません。遅れちゃったみたいで」
「いや、大丈夫だから、気にしなくて良いよ。それより、座ってくれるかな」
「はい。……ほら、美実姉さん。そっちに」
「分かってるわよ」
ブツブツと小声で美幸に対する文句を言いながら、美実は淳と向かい合う様に窓側の席に座り、美幸はそんな彼女の逃亡を防ぐ様に、通路側の席に座った。そして二人が飲み物の注文を済ませて、ウエイトレスがテーブルを離れると同時に、淳が冷静に声をかけてくる。
「わざわざ二人に、ここまで出向いて貰って悪かった。それと美実。あの時、幾ら頭に血が上ってたいたとはいえ、手加減無しに殴ったのは悪かった。この通りだ」
そう真摯に告げた後、淳が頭を下げてきた為、美実も慌てて用意していた言葉を口にした。
「ううん、私の方こそ、勢い余って瓶で殴りつけてごめんなさい。言語道断だって、美子姉さんにもの凄く怒られて、漸く頭が冷えて。秀明義兄さんから、あの晩のうちにちゃんと受診したとは聞いたけど、大丈夫だったの?」
「ああ、ちゃんと検査して、異常無しとのお墨付きを貰った。翌日は普通に出勤したし、気にしないでくれ」
「そう。それなら良かったわ」
(でも……、美実姉さんの顔の腫れ、丸一日引かなくて、それを見る度に美子姉さんの機嫌が悪くなってたんだよね……)
互いに安堵した表情で向き合っている二人の横で、美幸は居心地悪そうにしていたが、余計な事は言わずに無言を貫いた。そこで注文の品が運ばれてきた為、会話が一時中断し、ウエイトレスが去って美幸がレモンティーに手を伸ばしたところで、淳が真剣な口調で切り出す。
「それで、今日、ここに来て貰った理由だが……」
そして一度言葉を区切った淳は、ジャケットのポケットから小さなケースを取り出した。そしてそれをテーブルに置きながら、美実に告げる。
「実はこの前、本当はこれを渡して、きちんとプロポーズするつもりだった」
「淳?」
僅かに驚いた様な表情になった美実を真正面から見据えながら、淳が落ち着き払った口調で話を続ける。
「この前、録音だったが、色々美実の考えを聞いた。正直な所、これまでは俺達の将来について、話し合わなさ過ぎたと思う。それは確かに事実だが、別に俺がお前との事をいい加減に考えていた訳じゃなくて、年齢差もあって美実が学生のうちは考えられないだろうなとか、俺の方もこの何年かは大きな仕事を任される様になって、そっちに集中したかった事もあって。今となっては言い訳に過ぎないが」
「淳、あのね、それはお互い様だと思うわ」
「だから今回、本気でこれからの事を考えてみようと思う。これまで色々俺の好みとか希望とか口にしていたのを聞いて、無理だと思ったかもしれないが、その場の思い付きとか単にその方がいいと軽く思っただけの事だってあるし、俺が譲って良い所は全部美実の希望に沿うようにする。実家で不愉快な思いをさせた事も謝るし、二度と言わせない。もともと稼業を継がずに逃げ出した放蕩息子で、普段当てにも頼りにもされてないしな。親戚付き合いもしなくて良いから」
真顔で言い聞かせてきた淳に、美実が困惑顔で反論らしき物を口にする。
「うちって、父方母方両方、親戚間の交友関係が広いんだけど……」
「それは家によって違うものだろう。今時、藤宮家の様な家の方が、珍しいと思うぞ?」
「まあ……、それはそうでしょうね」
そんな控え目な同意をしたきり、美実が俯いて黙り込んでしまった為、その場に沈黙が満ちた。それでも淳は無言で相手の反応を待ったが、美実の横に座っている美幸は、僅かに顔を引き攣らせる。
(気まずいっ! プロポーズの場面に同席してるだけでも肩身が狭いのに、空気が重過ぎる。やっぱり、同席なんかするんじゃなかった)
美幸が心の中で激しく後悔している中、美実がゆっくりと顔を上げて低い声を発した。
「淳、ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど」
「どうした?」
微妙に緊張を含ませた声で淳が応じると、美実はまだ幾分迷うような素振りを見せてから、思い切った様に語り出した。
「私……、小さい頃、何をやっても中途半端で、要領が悪いドジな子供だったの」
「え?」
「美実姉さん?」
唐突に脈絡のない事を言われた様に感じた淳と美幸は、揃って困惑した顔になったが、美実は真顔で話を続けた。
「だって私は、美子姉さんみたいにしっかり者じゃなくて、有無を言わせぬ貫禄や人並み以上の運動神経なんて持ち合わせていないし、美恵姉さんみたいに人目を引く際立った容姿じゃない上、周りの人を引っ張っていくカリスマ性なんか皆無だし、美野みたいに有名進学校に余裕で進学できる頭や、細かな事に気を配れる繊細な神経の持ち主でも無いし、美幸みたいに一見無駄に思える位明るい性格じゃない上、なりふり構わず突っ走れる神経の太さも持ち合わせていないし」
「…………」
立て板に水の如く述べる美実を、淳は軽く目を見張って無言のまま凝視し、美幸は心の中で自分自身に言い聞かせた。
(何か、結構無神経な事を言われた気がするんだけど、我慢我慢。ここで揉めたら話が進まないし。私は部外者。ただの置き物)
そして二人が遮らない為、美実は冷静に語り続ける。
「だけど美子姉さんが言ってくれたの。『美実はちょっと焦り過ぎて、緊張するだけだから。良く周りを見て、こうすればどうなるかなとか、どうするのが良いかなって考えてから行動すれば、ちゃんと上手くできるわ。美実はお話を作るのがとっても上手だから、大丈夫よ』って」
そこまで聞いた美幸は、思わず口を挟んだ。
「その類の話、初めて聞いたけど?」
「だって今まで、誰にも言った事は無いもの」
あっさりと答えた姉に、まだ美幸は納得しかねる顔つきで問いを重ねた。
「それじゃあ美実姉さんが何かする時って、いつも淡々飄々としてるけど、色々なパターンを考えた結果なわけ?」
「ええ。勿論そうだけど、美幸はしないの?」
「しないのって……。でも例えば、道路に転がってる空き缶を蹴ろうとする時に、一々考える? 何気なく蹴るよね?」
「考えるけど」
「は? 何を、どんな風に?」
益々わけが分からなくなりながら美幸が尋ねたが、美実は如何にも当然と言った風情で答える。
「まず蹴るかどうかを考えて、缶のどこを蹴るかと、靴のどこで蹴るかと、どの方向に向かって蹴るのかと、その場合の周囲の被害損害迷惑度合いと、結果位は考えるわ。一秒かからないし」
それを聞いた美幸は、僅かに顔を引き攣らせて声を荒げた。
「今、初めて知ったわ! 美実姉さんの思考回路って変!! それでどうして学校の成績が、中の中だったのよ!?」
「つくづく失礼ね。それが実の妹の台詞なの?」
ここで初めて美実が不快そうな顔付きになったが、そんな二人のやり取りに、恐縮気味の声が割り込む。
「その……、話し込んでいる所、悪いんだが……」
そしてテーブルの向こう側に座っている淳を見た二人は、揃って頭を下げた。
「すみません」
「ごめんなさい。話を戻すわ。それで私、そう美子姉さんに言われてから、常に周りを観察して、考えてから慎重に行動する様になって。そうしたら失敗したり、人から遅れたり、ずれたりする事が無くなったの」
「そうか」
「それで、妊娠したかもしれないって思った時、自分なりにこれからの事を、じっくり考えてみたの」
「…………」
どうやら美実の話が核心に迫って来た事を察した淳と美幸が、黙って話の推移を見守る中、美実は気持ちを落ち着かせる様に息を整えてから、静かに自分の考えを述べ始めた。
「私、今時には珍しい大家族で育ったし、妹達や美樹ちゃんの世話をするのは好きだし、最初から産む事以外考えて無かったのよ。家族が増えるって、それだけで嬉しいもの」
「そうだろうな。藤宮家はいつも賑やかだし」
これまで藤宮家を訪ねる度に感じていた心地良い空気を思い出して、淳は自然に笑顔になった。それを見て更に安堵した様に、美実が話を続ける。
「妹達や美樹ちゃんを見ていて、どんな風に成長して、どんな風に世話しなくちゃいけないのかは、一通り分かってるもの。お宮参りに行って、お食い初めして、離乳食を食べさせ始めて、歩行訓練とパンツトレーニングを始めて、公園デビューしたら幼稚園や保育所に入れて、習い事もさせて入学したら、子供の交遊関係だってぐっと広がるから、それに合わせて気苦労とかも増えるだろうし」
「…………」
(ちょっと待って。美実姉さん、まだ生まれてもいない子供の将来を、どこまで考えてるの? まさかその子が結婚して、孫が生まれる所まで考えている訳じゃ無いでしょうね!?)
唖然として美幸が淳の顔色を窺うと、彼も美幸と大差ない事を考えていたらしく、目を見張って固まっていた。しかしそんな彼に向かって、美実が決定的な一言を放つ。
「だけど…………。その想像した場面に、淳が全く出てこないの。色々考える様にしてみたんだけど、どうしても想像できなくて。勿論、淳の事は今でも好きだし、他の男の人も出てこないけど」
「……っ!」
美実がそう口にした途端、淳がはっきりと分かる程に顔を強張らせた。それを見た美幸も緊張した顔付きになったが、一生懸命自分の考えを述べている美実は、それに気が付かないまま話を続けた。
「だから私、結婚とか夫婦になる事に対して、意識的に決定的な何かが欠けてると思うの。そういう人間と結婚したって、上手くいかないと思うわ。これで淳が見栄えがしなくて、稼ぎもなくて性格に著しい問題がある様なら、他に結婚相手もいなくて良心が痛むところだけど、淳だったら他に幾らでも奥さんのなり手があるだろうし、実家の人達だって満足する女性がいるわよ。何も無理して実の家族と疎遠になる必要はないし、その方が」
「俺が……、他の女にすぐ乗り換える様な男だとでも言う気か、お前は?」
「姉さん! 小早川さん!」
自分の話を遮る様にして呻いた淳の拳が、テーブル上で僅かに震えている上、その表情が険しい物に変化しているのに漸く気付いた美実が、真っ青になった。そんな二人の変化に気が付いた美幸が、若干声を荒げて呼びかけつつ、無意識に腕を美実の前に出して淳を制止する。
当の淳はそんな美幸の様子を見て瞬時に頭を冷やし、表情を緩めて彼女に向かって小さく頭を下げた。
「怖がらせて悪かった。やっぱり美幸ちゃんに、同席して貰って良かったよ」
すると美実は慌ててバッグの中から財布を取り出し、中から千円札を二枚抜き取ってテーブルに起きつつ、美幸の腕を掴んで立ち上がらせながら急かした。
「話は済んだから。これはここの支払い。それじゃあね。美幸、さっさと立ちなさい、邪魔よ!」
「ちょっと! 美実姉さん!!」
そして突き飛ばされる様な勢いで通路に立った美幸の横をすり抜け、美実は小走りに店から出て行った。
「すみません! 失礼します!」
その様子を特に引き止める事無く、無言で見送った淳に向かって一礼してから、美幸が慌てて姉の後を追う。
「ちょっと、待って! 美実姉さん!!」
「何、美幸」
店を出てからは普通に家までの道を歩いていた美実を、美幸はすぐに捕まえ、血相を変えて迫った。
「小早川さんに、あんな事を言っちゃって、本当に良いの!?」
しかしその訴えに、足を止めた美実は傍目には落ち着き払って答える。
「話をしろって言ったのは、あんたでしょう?」
「それは確かにそうだけど! 極端過ぎるって!! もうちょっと冷静に」
「私はこれ以上は無い位、冷静よ。ほら、帰るわよ?」
動揺している美幸とは裏腹に、言いたい事を全て言い切った故か、どこか放心した様に再び淡々と家に向かって歩き出した美実の背中に向かって、美幸は罵声を浴びせた。
「もう! 美実姉さんの分からず屋!!」
しかしそれでも美実は足を止めず、人通りが多い駅前での叫びに周囲から何事かと訝しむ視線を受けてしまった為、美幸は溜め息を吐いて彼女の後を追いかけたのだった。
一方の淳は、一人取り残された店内で身じろぎせずに無言でテーブルを見下ろしていたが、突然自分の斜め上方から聞き慣れた声が降って来た。
「これまでに見た事が無い位、シケた面をしてるな」
その揶揄する様な台詞の発生源に、淳が反射的に顔を上げて殺気の籠った視線を向ける。
「……どこから湧いて出た」
「美幸ちゃんはバラして無いぞ? この何日かの、彼女の挙動不審っぷりが気になった美子に、ちょっと頼まれたんだ」
「だろうな……」
自分の問いに肩を竦めた秀明が、手にしていた伝票をテーブルに置いて向かい側の席に収まると、淳は心底嫌そうに問いかけた。
「で? 報告するのか?」
「一応。お前がこっぴどく振られたって報告すれば、美子も満足だろうし。……因みに、何て言われた? お前達にバレない様にある程度距離を取ったから、全く聞こえなくてな」
淡々と尋ねてきた秀明に、淳は顔を顰めてから俯き、声を絞り出す様にして答える。
「俺の事は好きだが……、想像する自分と子供の未来に、俺は微塵も存在していないそうだ」
それを聞いた秀明は、本気で驚いた様な表情になった。
「それはまた、随分正直な」
「俺の事が大嫌いになったとか、愛想を尽かしたからとか言われた方が、はるかにマシだったな」
俯いたままボソボソと低い声で呟いた淳を見て、今度は秀明が僅かに眉を寄せてから、わざとらしく明るい声で話しかける。
「まあ、そう落ち込むな。俺がまた、女を紹介してやっても」
「……ふざけるなよ? 秀明」
そこで勢い良く腰を上げた淳が、怒りの形相で素早く秀明のシャツの喉元を掴み上げ、最後まで言わせなかったが、すかさずその手首を掴んだ秀明が、不敵な笑顔を向けながら悪びれずに言い返す。
「ここで素直に頷いたなら、床に沈むのはお前の方だったぞ?」
「相変わらず、底意地の悪いろくでなしが」
小さく悪態を吐いた淳が手を離し、秀明も彼の手首から手を離すと、淳は元通り椅子に座った。そんな彼に、秀明が思わせぶりに声をかける。
「美子の事なんだが……」
そこで一度言葉を区切った秀明に、淳は怪訝な顔を向けた。
「美子さんがどうした?」
「美人で気立てが良くて頭の回転が早い上に度胸がある、世界中に数多の女が居ても、俺と唯一釣り合う、とてつもなく良い女なんだが」
堂々とそんな事を言い切られてしまった為、淳は盛大に顔を顰めた。
「こんな所で、いきなり嫁自慢をするのは止めろ。少しは空気を読め」
「一番の美点は、家族思いな所だ」
「それが?」
止めろと言っても、相手が聞く耳持たないであろう事は分かり切っていた為、淳は面白く無さそうに相槌を打ちながら耳を傾けた。
「結婚してから気が付いたんだが、人数分、全て種類が異なるケーキを買って帰ると、美子は妹達を全員集めて『好きな物を取りなさい』と言うんだ」
「確かに彼女なら、我先に取るタイプじゃないだろうな」
「そうすると、まず美幸ちゃんが嬉々として好きなケーキを取り、次に美恵ちゃんが当然と言った感じで取る」
「何だか、目に見える様だ」
その光景を想像して、思わず笑ってしまった淳だったが、次の台詞で瞬時に顔付きを険しくした。
「次に、どれにしようか迷っている美野ちゃんに『遠慮しないで取りなさい』と美子が声をかけて取らせて、次に残ったうちの片方を取って『美実はこれね』と美実ちゃんに渡して、自分は残った物を食べるんだ」
「おい、ちょっと待て! 何で美子さんは美実にだけ選ばせないんだ? 自分は好きなケーキを取って、あんまりじゃないか!」
完全に腹を立てて淳が抗議したが、それを聞いた秀明はおかしそうに笑みを深めた。
「最初、俺もそう思ったから、皆が食べ終えてその場を離れてから、こっそり美実ちゃんに言ってみたんだ。『食べたい物があれば、遠慮無く取って良いんだよ?』ってな。そうしたら……」
「そうしたら?」
再び口を閉ざし、自分の反応を面白がっている悪友の態度に苛つきながらも、淳が落ち着いて話の先を促すと、秀明は苦笑しながら続けた。
「美実ちゃんはちょっと驚いた顔になってから、『食べ物で喧嘩する気は無いし、皆で食べたい物を食べられた方が良いでしょう? それに美子姉さんは、必ず私が食べたいと思った方をくれるもの』と、笑って答えてくれた」
「……必ず?」
僅かに訝しむ表情になった淳に、秀明は軽く頷いてから話を続けた。
「それを聞いてから、次に同じ様にケーキを買って帰った時、じっくり観察してみたんだ。そうしたら美実ちゃんは他の人間をさり気なく観察してたが、そんな彼女を美子が無言で観察してた。だから目線とかで、彼女が気になってるケーキを把握してたんだな。それが分かってからは、美子に食べさせたい物がある時には、確実に彼女の口に入る様に、同じ物を人数分購入する事にしている」
そこで話を締めくくった秀明を凝視した淳は、疑念に満ちた問いを発した。
「……要するに、何が言いたい?」
「お義母さんが体調を崩し始めた頃は、美幸ちゃんが就学前の頃だったそうだし、下二人の世話でお義母さんは手一杯だったろうな。美恵ちゃんは率先して、人の面倒を見るタイプじゃないし。あの《王子様幻滅作戦》の時は、別だったらしいが」
淳の問いかけに、秀明は直接答える事はしなかったが、淳はそれで相手の言わんとする事を察した。
「必然的に、美実の面倒をみたのが美子さんってわけか。同時並行で、そっちもどうにかしろと言ってるのか?」
「別に? 俺はただ、美実ちゃんが『結婚したい』と言っても、『止めておきなさいと』言ったら彼女が考え直しかねない程度に好かれて信頼されているという、妻の自慢をしているだけだ。決してお前に肩入れしているわけじゃない」
淡々と詭弁を口にする秀明を凝視したまま、淳が小声で応じた。
「良く分かった」
「何が分かったんだ?」
「取り敢えず俺は美実にとって、美子さん以下の存在だと言う事は分かった。きっとあいつの想像の中には、いつでも美子さんが存在している筈だしな。少なくとも、お前よりは上だとは思うが」
そう言って不敵に笑った淳を見て、秀明は満足そうな笑みを浮かべた。
「どうやら、やる気になったらしいな」
「当たり前だ。彼女以上になってやろうじゃないか。そしてあいつの未来予想図の中に、俺をねじり込んでやる」
そんな決意を口にした淳に向かって、秀明は立ち上がりながら、些か素っ気なく聞こえる激励の言葉を口にした。
「まあ、頑張れ。順調なら産まれるまで、あと三十二週ある。逆に言えば、それがタイムリミットだが」
「ああ、分かってる」
そして自分の伝票を持って、会計に向かった秀明から早々に視線を外した淳は、美子と美実の攻略法を早速考え始めたのだった。