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もぐら  作者: だいふく
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itinogo

楠田は購買に入り、サンドイッチを注文した。とりたてて美味しそうだとは思わなかったけれど、それでも腹を満たしてくれることには違いない。

何かを食べる、という行為が、楠田には煩わしかった。どんなに食べても、どんなに満腹でも、いずれは空腹になる。コンピュータのデータのように、一度書き込めば半永久的に保存されば良いのに、と思ってしまう。恐らく、どんなものであってもいずれは消えて無になっていしまうという教訓を、誰かが伝えたいのだろう。

店内はすいていて、客は楠田だけだった。

「支払いは?」

 カウンタの裏にいた中年の女性が、ぶっきらぼうな口調で聞いた。

「あ、じゃあ、引き落としで」

 楠田が答える。

「そうかい。まあ、聞かなくても大体そうなんだけどね」

「何が?」

「みんな、引き落としで会計するってことさね。まったく、最近は一円硬貨すら見たことがないよ」

 中年の女性が、額に手を当ててため息をつく。

「じゃあ、どうして聞いたのですか?」

「さてね。習慣か、無意識か、そうじゃなかったら期待だろう」

「期待? 現金が見たいと?」

「いいや、お金が見たかったんじゃないよ。昔を少しだけ味わいたかっただけさ」

「少しだけ」

「ああ。少しだけで良いんだよ。今の生活を味わってしまったら、昔の生活には戻れないだろうからね」

「ふうん」

 楠田はレジに研究所のIDを打ち込み、商品を受け取った。中年の女性とはそれ以上言葉を交わすことなく、購買を出る。

 個室の研究室までは、行きとは別の順路を選んだ。今回は途中で誰に出会うこともなく、スムーズに部屋へ戻ることが出来た。

 コンピュータの前に座り、メールをチェックする。一通を除いて、全てが商業用のメールだった。残る一通も緊急性が無いようだったので、しばらく放置することにする。

 楠田は買ってきたばかりのサンドイッチを口に含んで、数回かみ締めた。そこで初めて、それがカツサンドだということに気づく。果たしてこのカツに使われている動物は、どこで飼育されているのだろう。疑問が頭をよぎったが、楠田は即座にそれを消去することにした。考えても分からないことだったし、調べたところで不必要な知識になるだろう。

カツサンドを片手に持ったままコンピュータの画面を次々に開く。熱量、温度、膨張、質量、その全てが安定していることを確認した。熱量を表すグラフが僅かに乱れているのが気になったが、それも許容範囲内だ。しかし念のため、楠田は受話器を取ることにした。内線の短縮ダイアルを押し、相手が出るのを待つ。しばらくして、相手の応答があった。

「はいはい。ちょっと待ってくれよぉ。今、データ整理で忙しいんだから」

 聞きなれない、高い男の声だ。

「あ、じゃあ、また改めて掛けなおそうか?」

「いや、いやいやいや。うーんと、はい、今ひと段落着きました。で、用件は?」

「えっと、人工太陽の熱量のグラフが少し揺れてるみたいだけど……」

「ああ、はいはい。他からも報告があったよ。うーん、あれも古いからなあ。新しいバージョンに変えられれば良いんだけど」

「新しいバージョン?」

「あっ、いやいやいや、こっちの話。失言だった。今のは無かったことにしておいて」

「はあ……」

「そういや君、僕とは初めてだったよね」

 男は唐突に話題を変えた。

「そうだと思うけど」

「あっ、じゃあよろしくね」

「何を?」

「うーん、まあ、何ていうか挨拶だよ。より良い人間関係を築くための」

「ふうん。じゃあ、こちらもよろしく」

「ようし、いいぞう。この調子だあ。あ、報告ありがとう。結果はまた知らせるよ」

 そう言って、電話が切れた。楠田は受話器を持ったまま、暫し呆然とする。何だったのだろう、今のは。これから報告をするたびにあの声を聞かされるとなると、少し考え物である。楠田は一口、カツサンドをかじった。



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