表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もぐら  作者: だいふく
2/6

いちのに

ハルは廃墟から出ると、すぐに近くにあった小屋へ向かった。こちらは廃墟よりもずっと朽ち果て、少しでも衝撃を与えればすぐに崩れ落ちそうな様子だ。背の高い雑草や木がその周囲を覆っていて、簡単には見つからないようになっている。安全と言えば安全な場所ではある。しかし、春自身がこの小屋に住んでいるわけではない。この場所はツルやアマにすら教えていない、いわば秘密の場所だった。

小屋全体の中でも比較的状態の良い扉を開けると、軋む床を踏みながら中に入った。閑散としていて、空気が凪いでいるのが分かる。ツンと、かび臭い香りがハルの鼻を打った。

彼女は部屋の奥に設置されている暖炉に歩み寄り、その中へと手を突っ込む。やがて引き抜かれたその手に握られていたのは、二丁の拳銃だ。華奢な手には不似合いな、火薬で飛ばすタイプの不恰好なものだった。続いて、弾が16発。これからの旅を思えば少々頼りないかもしれないが、無いよりはマシだろう。

ハルはその拳銃を隅々まで点検した。撃ったことは無いが、きっと問題なく動くはずだ。使えなかったらその時はその時だろう。それまでのことだったと諦めるしかない。

拳銃二丁と弾を、いつも持ち歩いている小さめのズタ袋に放り込むと、彼女は大きく伸びをした。約束した時間まで、あと四時間ほど。眠ろうかとも思ったが、まだそんな気分ではない。

ああ、そうだ。食料は大丈夫だろうか。

ハルは思い当たった。けれど、その点はツルが何とかしてくれるだろう。彼はどこから拾ってきたのか、食肉用乾燥機を持っていた。それを知ってから、アマが食料を調達してツルが加工するという、自分たちの中での決まりのようなものが出来上がったのだ。

「なんだかなあ」

 ハルは自嘲気味に笑った。自分は、あの三人の中で何の役割をしているのだろう。自分が持っているのはせいぜい、使えるかも分からないような二挺の拳銃だけではないか。三人の中での、自分の必要性というものが、全くもって何も思いつかない。

 それでも……。

 それでも、あの二人は自分の居場所を作ってくれた。ハルを許容してくれたのだ。それは、それまで一人で生きてきたハルにとって初めてのことであり、それ故にハルの心を縛るものになってしまっていた。

「なにをやってるんだか」

 ハルは独りごちた。決して望んでいないわけではない。むしろ、有り難いぐらいだ。けれど、それは同時に相応の重さをハルが担うことを意味する。生きてゆくには、軽い方がいい。それは、目に見えないものほど言えることだ。

 いつまでも、こんな生活を続けるつもりはなかった。だからこそアマが、太陽を壊す、と言ったとき、すぐさま賛成したのだ。

 ハルは小屋から出て、振り返った。今にも朽ち果ててしまいそうな、無くなってしまいそうな、それでいて、それが自然のような。彼女はこの小屋が好きだった。自分とそっくりなこの小屋が、彼女は好きだった。

「なーにを未練たらたらな顔をしてるんだよ」

 突然の声に驚き、振り返ると、そこには木によりかかるようにアマが立っていた。

「別にそんなんじゃないよ」

 ハルは意図してぶっきらぼうに答える。

「そうかあ? そうは見えなかったけどな」

 アマは愉快そうに笑った。その笑い声と共に、一陣の風が吹き抜ける。爽やかな、暖かい風だった。

「どうして、この場所を知ってるんだ?」

「どうして、だって? ここいらは俺の庭みたいなもんだからな。小川の在処から熊のねぐらまで知ってるよ」

「へえ、それはそれは」

「何だよ。文句あるのか」

「いや、別に」

 言いたいことはたくさんあった。なにしろ、自分だけが知っていると思っていた、自分だけの秘密の場所が、アマには全部筒抜けだったのだ。

「道化みたいだな」

ハルはぼそりと呟いた。

「あん? 何だって?」

 アマが聞き返す。けれど返事はしなかった。その必要も無かった。彼に向けて放った言葉ではないからだ。

日の光が強くなった気がした。光の量は一定のはずなのに。どうしてそう感じるのだろう。

「そんなことより、もう準備は済ませたのかい?」

 ハルは尋ねる。三人が別れてから、あまり時間が経っていないはずだ。

「あったりめーよ。俺はずっと前から準備をしていたからな。つっても俺の場合、体一つで生きてきたようなもんだからさあ。心の準備が大半だったけど」

「ふうん」

「なんだよ、それ。淡白だな。お前はもう良いのか?」

「うん。もう終わったよ」

 ハルはちらりと腰に掛けてあるズタ袋に目をやった。

「そうか。そういや、お前が俺たちの前に現れたときも、何も持ってなかったもんな」

「アマは、なんでここに?」

 ハルは無理矢理話題を変える。過去のことは、あまり触れたくはなかったからだ。

「ああ……。いや、ちとマズかったかなあと思って」

 アマは顔をしかめた。そして、ゆっくりと木から体を離す。

「何が?」

「ほら。俺がけっこう強引に決めちゃった事だよ。俺個人の考えだけで、お前らを巻き込むのは何だか悪いし」

 アマの言葉を聞いて、ハルは微かに笑った。

「何を言ってるんだよ。もう決まってしまったことだろ。それに、私は賛成したじゃないか。そういう話なら、ツルのほうにするべきだろう」

「いや、アイツはいいんだ。俺がいなくちゃ、俺が決めなくちゃ何もできない奴だから。多分、このままでいるよりも、俺を手伝わせた方がずっと良い。けど、お前は違うだろ」

「どう違う?」

 ハルがとぼけると、アマは思いのほか真剣な目でハルを見た。

「お前は三年前、俺たちの前に現れるまで、一人で生きてきた」

「それは少し違う。私にだって、助けてくれる人間はいた」

 嘘だ。オトナたちは全て敵であり、シャカイというものからあぶれたコドモも極少数だ。こんな世界で、ハルに手を差し伸べてくれる人間なんているはずもない。

 それを分かっているのか分かっていないのか、アマは話を続けた。

「それでも、大半はお前自身で生きてきたはずだ。お前が考えて、お前が決めて、お前が行動してきた」

「責任をとったのも私だけれど」

「ああ。そのとおりだ。それなのに、俺たちはお前を引きとめた。俺の意思で、俺のわがままで、お前の行動を決めてしまったんだ。これ以上俺の都合でお前を縛る事はできない」

 言い終わると、アマは視線を地面に落とした。まるで自分の行動を、判断を、自分の全てを悔いているように。

「私が今まで生きてきた中で、自分で決めなかったことはないよ。今回のことだって、アマが決めたからじゃない。私が決めたから、同行するんだ」

 自分のことは、自分で決定する。そして良くても悪くても、その結果を受け入れる。

それはハルにとって、プライドのようなものだ。だからこそ、今まで生きてこれた。そうでなかったら、ハルは今頃この場所にはいないだろう。

 アマは面倒くさそうに片手を挙げ、そしてすぐにもとの位置に戻した。手が足にあたる、軽快な音が響く。

「あーあ、なんだよ。俺がせっかく気を遣ってやってるのに。けど、まあいいや。とにかく、俺たちに構わずに、お前はやりたいことをやれよ」

「ああ。気遣い、痛み入るよ」

 ハルは冗談っぽくそう言うと、少しだけ首を傾けてみせた


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ