「魔の者」
それからまた時間が経ち、私が純銀の手入れにも慣れた頃のことです。
私はロザリー様の剣も磨かせていただけるよう、夕食後の時間に頼みました。そうすれば、毎晩ロザリー様が純銀に身を灼かれる危険を冒しながら剣を磨かれる必要もなくなることでしょう、と考えたのです。
しかし、ロザリー様は「気持ちはとても嬉しいのだけれどね」と、私の提案を拒まれました。
「これは、私がやらなければならないことなんだ。自分が何者であるかを忘れないためにも」
そうおっしゃるとロザリー様は、ふと表情を陰らせて続けられました。
「このように人間の国王から爵位を受け、イラのようなメイドを置いて屋敷に暮らしているとね、時々、自分がまっとうな生き物のように思えてしまうんだ。本当は太陽の下を歩くことも寿命を迎えて死ぬこともできない、生きているとも言えない歪な存在のくせにね」
私は何も言えませんでした。ただの人間である私が何を言っても、ロザリー様のお心は慰められないように感じられたのです。
「イラ、人間たちは銀のことを『聖なる金属』と呼ぶらしいよ。私たち魔の者を討ち滅ぼす力を持っているが故にね。それならばさしずめ、私たちは邪悪なる存在ということなのだろう……。あの、生前の執着のみに従って動く亡霊どもと私との間には何の違いもない。いや、むしろ魔の者でありながら自分が人間であるかのように偽り、人間の血を啜る私の方が……」
ご自身の内へ内へと潜っていくように、ロザリー様のお声は途中から消え入りそうなほどに低くなっていきました。
私はたまらず、「ロザリー様」と声をおかけしました。
ロザリー様はぼんやりとお顔を上げ、私を安心させようと無理に笑顔を作られました。
「……すまない、イラ。どうも年を取ると弱気になっていけないね」
「ロザリー様」
私はもう一度、ロザリー様のお名前をお呼びしました。
「うん?」
「以前、私がロザリー様が吸血鬼でいらっしゃることを知った時のことを……、その時に申し上げたことを、覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、もちろん。……あの時は、それでも私に仕えると言ってくれたね」
私はどきどきしながら口を開きました。幼かった頃とは違い、ロザリー様に対して無邪気な感情だけを抱き、それを素直に口に出せるような年頃ではなくなっていたのです。
「今までひと時たりとも、ロザリー様にお仕えしたいという、その気持ちが変わったことはございません。そして、これからもずっと、お側に置いていただきたく思います。ロザリー様……。……お慕い、申し上げております」
顔が熱くなり、心臓が胸一杯にも膨れてしまったような心持ちでした。ロザリー様のお顔も見られようはずがありませんでした。
「イラ……」
息をつくように私の名前を呼ばれたあとは、長い沈黙がありました。
私はこの上なく恥ずかしくなってしまい、ご挨拶もそこそこにその場を立ち去りました。
ロザリー様も私を引き留めることはなさいませんでした。