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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VII 永い道づれ
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街の変化

 そう、音楽会のことを書いておかなければなりません。

 音楽会は王城で開かれました。昨春にも訪れ、あの鍵盤奏者と出会った王城です。


 私は昨年と同じライラックのドレスに身を包みました。ロザリー様はドレスを新調しようかとおっしゃってくださったのですが、「このドレスが気に入っているのです」とお断りいたしました。

 ロザリー様は私が遠慮しているのではないかと思われたようですが、私の言葉にまったく嘘偽りはありませんでした。


 お屋敷を出たのは、まだ日の沈みきらない頃でした。

 ロザリー様と私は閉め切った馬車の中で話をしていました。

「久しぶりに親子の振りをすることになるね。少し練習しておこうか」

「はい、お父様」

 私がお応えすると、ロザリー様は意外そうに眉を上げられました。

「すっかり娘ぶりが板についたね。また戸惑う顔が見られるかと思ったけれど、少し残念な気分だ」

「お父様は、時々意地悪をおっしゃいます」とわざと少しむくれてみせると、ロザリー様は「ごめんよ、君の色々な表情を見られるのが楽しいものだから」と笑っておっしゃいました。


 馬の蹄や車輪の音が固くなり、城門の中へ入ったことが知れました。私は街の様子を見たいと思い、ロザリー様にことわって窓の覆いを少し開けました。

 日はすっかりと暮れきって、街には明かりが灯っていました。しかし以前の街と比べると明かりは少なく、どことなく活気がないように思えました。

 ロザリー様が不審そうな顔をなさって外を覗かれました。そのご様子は何かを探していらっしゃるようにも見えました。

「どうなさいましたか?」

「このにおいは……。いや、止めておこう」

 ロザリー様はそうおっしゃって、座席に深く座り直されました。


「……あら」

 私は道ばたに何かを見つけました。

「どうかしたかい?」

「ロザ……、いえ、お父様。あそこに人が……?」

 私は遠ざかっていく光景を目で追い、襤褸に身を隠すようにして横たわっている人を指しました。その人は私が見ている間ぴくりとも動きませんでした。私は、なぜあのような所にいるのでしょうか、とロザリー様にお尋ねするつもりでした。


「人……?」とおっしゃいかけてロザリー様ははっと息を呑まれ、手のひらで私の視線を遮られました。突然飛び出してきた手に驚いていると、ロザリー様は重い声でおっしゃいました。

「……見ない方がいい、イラ。あれは死人だ」

「えっ……」

 思いもしなかった言葉に、ロザリー様を振り仰ぎました。さあっと自分の顔から血の気が失せていくようでした。

「早く弔ってやらなければ死体は新たな病を呼び込み、人心も荒れる。疫病の被害が大きく、死人にまで手が回らないのか……」

 ロザリー様は考え事を声に出されるかのように低く続けられました。そうして一度まばたきをした後に、ものも言えずにいる私に気付かれました。

「……大丈夫かい? もしかしたら道中同じようなものがあるかもしれない。もう外は見ないようにしておいで」

 そう言いながらロザリー様は手を伸ばされて窓の覆いをぴったり閉められました。

「はい、ロザリー様……」

 お父様、とお呼びすべきだったことに言い終えてから気付きましたが、ロザリー様は何もおっしゃらずに受け入れてくださいました。


 無言のうちに馬車は王城へと着きました。

「寒くはないかい、イラ」

「ええ、お父様」

 まだ行き倒れた死体を見たことでの陰鬱な衝撃は失せていませんでしたが、私はロザリー様に笑いかけました。

「中に入ろう。楽しい夜を過ごせるように……」

 ロザリー様のエスコートを受け、私は1年ぶりの王城へと足を踏み入れました。

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