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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VI 閉塞
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カップの中身

「まだ少し、顔色が悪いようだね」

 日が落ちて起きていらっしゃったロザリー様は、眉をひそめられました。

「そう、でしょうか……?」

「しばらくは肉もしっかり食べなさい。あとでまた温めた葡萄酒を作ってあげよう」

 ロザリー様があれこれと気にしてくださるのがおかしくて、私はくすりと笑みを漏らしました。


 葡萄酒はやはり甘く良い香りがして、ぽかぽかと体を温めてくれました。ただ、その作り方をお聞きしようとは思いませんでした。

 私にとっては、ロザリー様が作ってくださる飲み物である、ということが特別重大な意味を持っていたのです。


 カップを両手で包み込むように持ち、ロザリー様に声をおかけしました。

「ロザリー様」

「……なんだい?」

「これから先も、血が必要であればいつでも、どうぞ私の血をお使いくださいませ」

 ロザリー様は言葉を失い、その真意を問うように私の顔を見つめられました。

「今のロザリー様は昨日までとは打って変わって、とてもお元気そうでいらっしゃいます。私の血がロザリー様のお役に立てるならば、私は喜んでこの身を差し出しましょう」

「イラ……」

 ロザリー様は目を伏せてしばらくじっと考え込まれ、ぽつりとおっしゃいました。

「……私を、誘惑しないでくれ」

「そのようなつもりは……。ただ、昨夜のことがあったからと言って、ロザリー様に血を差し上げる気持ちにためらいが生まれたわけではないとお伝えしたかったのです。それに、私にとって今もっとも恐ろしいのは、疫病がお屋敷に持ち込まれることではありませんか。ロザリー様にとっても私にとっても、街で人間の血を得られるよりは……」

 ロザリー様は「それは、そうだが……」と遠慮がちに頷かれ、何かをおっしゃいたそうに唇を動かされました。私はそれを見て、お言葉が発せられるのを待っていました。


 ロザリー様はカップに目を落とし、やがて小さく首を横に振られてその中の葡萄酒を口にされました。

 カップが机の上に置かれ、ロザリー様の目はまっすぐに私に向けられました。

「……血を失いすぎたと少しでも思ったら、頬を張るなり突き飛ばすなりしてでも私を止めてくれるかい」

「はい、ロザリー様」

「血を吸われた後には、私の言いつけに従って休んでいられるかい」

「ええ、そういたします」

 私は手の中のカップを祈るように握りしめ、ロザリー様のお顔を見つめました。ロザリー様はためらいながらもおっしゃいました。

「……疫病が止むまでだ。街へ出られるようになったらすぐに他の人間から血を吸おう」

 私は嬉しいというよりもほっとするような気分でした。


「イラ。本当に……、いいのかい」

「もちろんでございます、ロザリー様」

「イラ、君は……」

 ロザリー様は私の瞳の奥を見定めるような透徹な視線を向けられました。

「なぜそこまでして、私に尽くしてくれようと……」

「ロザリー様のお役に立てるのが、私の幸せだからでございます」

 私は迷いなくお答えしました。

 ロザリー様は最後に、血を吸われることを望まない時にはいつでも拒むように、と念を押されました。

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