純銀
私の知る限り、ロザリー様が日々の暮らしの中で最も気を遣っていらっしゃったのは、純銀の取り扱いでした。魔の者は純銀に触れるだけで焼け付くような痛みを感じ、実際に身を焦がすのです。
「イラ、見ていてごらん」
ある晩、ロザリー様は私を書斎へ呼び寄せると、抜き身の銀の短剣を書斎机に置き、刀身に指でそっと触れました。一瞬お顔がしかめられ、剣から指が離されます。
私は息を呑みました。ロザリー様の白くしなやかな指先が炭のように黒く粉をこぼし、その下からは血がにじんでいます。
「ロザリー様、お手当を……!」
「いや、このくらいならじきに治るさ。覚えておいで、私たちにとって純銀はこんなにも強く、恐ろしい」
静かな口調でしたが、それは実に重たい言葉でした。私が神妙に頷くと、ロザリー様は短剣を鞘に納めて机の引き出しに入れました。
「今これを見せたのはね、君にこれを渡そうと思ったからだよ」とおっしゃり、同じ引き出しから手のひらひとつと半分ほどの長さの木の箱を取り出しました。
箱を開けると、小振りの刃物がありました。輝く柄には細かな彫刻が施されていて、鞘は張り詰めるほど狂いなく縫われたなめらかな革で作られています。
それだけでもずっと眺めていたいほどでしたが、ロザリー様に促されてそっと鞘から刀身を引き抜きました。刃にも、柄とひと続きの精緻な彫刻が施されています。しっとりと輝き、細かな陰影を映すその様子は、刃物というものに全く疎い私でも思わず見入ってしまう美しさでした。
「それはイラのダガーだ。万一の時に身を守れるようにね。もちろん純銀で、魔の者に対抗できるよう、できうる限りの技術を詰め込んでいる。私の剣ほど、と言うわけにはいかなかったが、効果は大きい」
私はダガーを鞘に戻し、ロザリー様に尋ねました。
「どうして、これを私にくださるのですか?」
「そうだな……、イラも自分の身を守る方法を知っていた方がよいだろうと思ったのがひとつ、そして、純銀の扱いを知っておいてもらいたかったのがひとつ、と言ったところか」
それからロザリー様は、からかうような軽口を叩くような調子で続けられました。
「私がずっと守ってやれるのがいちばんいいのだけれど、イラは最近すっかり魅力的な女性になってきたから、そのうち当の私が襲ってしまいそうだし、ね」
当時の私はその意味もわからずに、「たとえ血を全て吸われて死んでしまうことになろうとも、この刃でロザリー様を傷つけることだけは致しません」と無邪気に決意を固めるだけでした。
まったく、ロザリー様は年端も行かぬ子どもになんという冗談をおっしゃったのでしょう。
それはさておき、私はロザリー様から頂いたダガーを毎日熱心に磨きました。純銀は手入れを怠るとすぐに曇ってしまうものですが、もちろん私のダガーはほんのわずかにもその輝きを失うことはありませんでした。