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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VI 閉塞
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鉄の武具

 そのような味気ない暮らしが終わった日のことは、今でも思い出すと胸が弾むようです。簡単な夕食を済ませて吸血鬼に関する書物を開き、何度も読み返したロザリー様の筆跡を辿っていると、外から物音が聞こえてきました。ロザリー様がお帰りになったのかと期待しましたが、思い直して用心のため、と窓から様子をうかがいました。

 暗くて細かい部分までは見えませんでしたが、お屋敷の前に馬車が止まっていて、中から長身の男性が下りてくるのがわかりました。私はひと目でその方がロザリー様だと理解し、すぐにも飛び出してお迎えに上がりたいような心地でした。

 その衝動をぐっとこらえて、お茶を淹れるために台所へと向かいました。


 間もなく玄関扉が開いてロザリー様の靴音が聞こえ出しました。その音に重たい金属が触れあう音が交じるのを不思議に思いはしたものの、ロザリー様が帰っていらっしゃったという嬉しさの前ではささいなことでした。私は火が安定し、お湯が沸くまでにまだ時間があることを確かめてから、玄関ホールへと駆け足で向かいました。

「お帰りなさいませ、ロザリー様!」

「戻ったよ、イラ」

 ロザリー様は大きな布の袋を手にしていらっしゃいました。中身のごつごつと固い輪郭が袋の形を歪めていました。

「お荷物をお運びいたします」

「いや、重いから私が持っていよう。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

 私が袋に手を伸ばしかけると、ロザリー様はやんわりとそれを止められました。

「ではこれを部屋に置いてきてしまうよ」とロザリー様は袋を担ぎ直されました。

「かしこまりました。それではお茶を淹れているのですが、お部屋にお持ちいたしましょうか?」

「ああ、頼むよ」とロザリー様は柔らかく笑いかけてくださいました。


 ロザリー様をお見送りして、私は台所へと戻りました。

 やかんが盛んに湯気を上げているのを見ながら茶器の用意をし、気持ちを落ち着けてゆっくりとお茶の支度をしました。

 お茶が香り良く仕上がりそうなのに満足して私はロザリー様の書斎へと参りました。途中、お留守の間に手紙がたくさん届いていたのに気付き、寄り道をしてお盆の上に手紙の束を乗せました。


「お茶をお持ちいたしました、ロザリー様」

「入ってくれ、イラ」

 私が部屋に入ると、ロザリー様は部屋の奥の方にお立ちになって、袋の中から金属の塊を取り出されているところでした。既に取り出されたものが、床に無造作に転がっています。

「ええと……、それは何なのかを、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「そうだな、王から許しも出たことだし、君には話しておこう」

 がしゃん、と音を立てて袋を置き、ロザリー様は椅子に腰を下ろされました。私はその前の机にお茶をお出ししました。

「これはね、王から下賜された鎧や兜や……そうしたものだよ。魔の者の退治に加えて新しい仕事をすることになるかもしれなくてね」

 全身が組み立てられ、飾られている鎧は知っていましたが、各部がばらばらに置かれているのを見るのはこれが初めてでした。

「鎧や兜は、戦に使うものではございませんか、ロザリー様? 新しい仕事というのは……」

「そんな不安な顔をするのはお止め、イラ。まだいつになるかもわからない話なのだし」

 優しく笑っていらっしゃるロザリー様には、無骨な鎧姿は似つかわしくないように思えて仕方ありませんでした。私が何も言えずにいると、「今から事情を話すから、君もおかけ」とロザリー様は椅子を勧めてくださいました。

 そこで私は机を挟んでロザリー様に向かい合うように座りました。

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