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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VI 閉塞
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茶番劇

 言うべき言葉を慎重に考えて、私は口を開きました。

「そのように痕跡を残さずに屋敷を出入りして咬み傷を残していくなんて……、まるで幼い頃に聞いた、吸血鬼のお話のようでございますね」

 ロザリー様は素知らぬ顔で「確かにそうだな。君に言われるまで気付かなかったよ」とお答えになりました。

 私は笑ってしまいそうになりましたが、なんとかこらえることができました。そしてこの白々しいお芝居を続けることにしました。

「本当に怖いことでございます。もし、その侵入者がこのお屋敷にも来るようなことがあったら……」

「そうだな。イラ、戸締まりはしっかりしておいで。近頃は私も、夜間は家にいないことが多いのだし」

「かしこまりました、ロザリー様。……ところで私は、最近ナッシュガルト家と揉めていた、吸血鬼と呼ばれている人物に少しばかり心当たりがあるのですが」

「誰だい、それは? 私にはまったく見当もつかないな」

 あくまでとぼけ続けるロザリー様のお顔を見ていることができなくなり、とうとう私は吹き出してしまいました。

 ロザリー様も目に愉快そうな色を浮かべて、今にも声をあげてお笑いになりそうなご様子でした。


 ひとしきり気分が落ちついたところで、私は念を押すように「ロザリー様、本当に心当たりはございませんか?」とお尋ねしました。

「ああ、ないとも」というお答えを頂き、この2人きりの観客のいないお芝居はそれきりになりました。

 時折ぶり返すようにむずむずとした笑いがこみ上げながらも、私は食事を進めました。


「今日の食事も美味しかったよ、イラ」と、ロザリー様はお食事を済まされました。

「お気に召していただけて、何よりでございます」

 軽くお辞儀をした後、私は席を立とうとするロザリー様を呼び留めました。ロザリー様は少しばかり怪訝な表情をなさりながらも、話を聞こうとしてくださいました。私はできるだけさりげない口調で話し出しました。

「ひとつ思い出したのですが……。私が以前読んだ本では『吸血鬼は招かれなければ人の家の中に入ることはできない』と書かれていたように覚えていますが、ナッシュガルトの屋敷へは招かれることなく入られているのですね」

「それは単に行儀の問題だよ」とロザリー様は何も気付かない自然な口調でおっしゃいました。

「今回の場合、先に無礼を働いたのは向こうの方だ。そのような相手にこちらが礼を尽くしてやる必要もないだろう?」

 私はロザリー様がお話を終えるのを待って、笑みをこぼしました。

「今のお言葉は、お認めになったと理解してよろしいのでしょうか、ロザリー様」

 ロザリー様は目を円くされ、静かに笑い声を立てられました。

「なるほど、君にしてやられたようだ」


 ロザリー様が気分を害されていないご様子なのにほっとして、私は重ねてお尋ねしたかったことを訊くことにしました。

「なぜそのようなことをなさったのですか、ロザリー様」

 ロザリー様は「さあ……」と少し考え、やがて「ただの腹いせさ」と肩をすくめられました。

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