手当て
いちばん傷の深そうなところに指先が触れたとき、ロザリー様のお体がぴくりと動きました。
「あっ……、申し訳ありません」
痛むところに触れてしまったのかと思って、私は慌てて謝りました。
「いや、大丈夫だ、イラ。おかげでだいぶ痛みも引いている」
いつもとは異なり、ロザリー様の声がすぐ耳元で聞こえます。声をお出しになる時の喉の震えや胸の響きまで直接伝わってくるようで、私の胸は急に高鳴り始めました。
できるだけ平静を装って塗り薬を再び指に取ります。ロザリー様の方へ向き直り、私はふと露になっているロザリー様の白い肌を意識してしまいました。なるべくロザリー様のお顔を見ないように、薬を塗るべき傷口だけを考えるようにして手当てを続けました。
「イラ」
薬を塗り終えようとしたとき、突然ロザリー様が私に話しかけられました。
「は、はいっ」
ロザリー様は右腕でしなやかに私の頭を抱き寄せられました。とん、と頭が髪を透かしてロザリー様の胸に触れます。私はもう苦しいほどにどきどきしてしまって、息すら満足にできませんでした。
塗り薬のつんとする匂いや血の匂いに混じって、とらえられないほどに微妙な、ロザリー様の匂いとしか表現しようのない匂いが感じとれました。
私の頭に触れているロザリー様の指先と、私の頭が触れているロザリー様の胸と、ロザリー様の匂い。私はこれまでにないほどにロザリー様を近くに感じ、緊張と幸福のあまりに涙が滲みました。
ロザリー様は私を抱き寄せたままじっとしていらっしゃいましたが、やがてぽつりと呟かれました。
「イラ。君は……温かいな」
耳元で鼓動が聞こえます。これが自分のものなのかロザリー様のものなのかもわからないまま、私はその音に耳を傾けていました。
「……すまない」
ロザリー様は手を私の頭から肩へと下ろされました。少しずつその手に力が加えられ、私はロザリー様から引き離されました。
「すまない、イラ……」
再びロザリー様は気弱な声でそうおっしゃいました。
「ロザリー様、あ、謝るようなことなど……、何も、何もございません! むしろ、私は……」
続きを申し上げるのが恥ずかしくなって、私は言葉を止めました。うずくまるように背中を丸めていらっしゃるロザリー様が、目だけを私の方へ上げられました。
その目をまっすぐに見てしまい、頭と心臓が置き換わってしまったかのように耳元で鼓動が大きく鳴り出しました。
私は固く目を瞑り、顔の熱さが引くのを待ちました。手を頬に当てると、指先の冷たさが少し落ち着きを取り戻させてくれるようでした。
「イラ、大丈夫かい?」
「は、はい、ロザリー様……」
なるべく大きくひと呼吸してから、私は目を開けました。
「包帯を、お巻きしますね」
私は包帯を長く取りました。ロザリー様のお体に巻こうとすると、自分でもわかるほどに指先が震えました。
「イラ、話をしようか」
穏やかな口調でロザリー様は突然そうおっしゃいました。
「話、でございますか?」
「ああ。ただ手当てをされているだけというのも、なんとなく手持ち無沙汰だ」
「それでは……、どのようなお話をしましょうか」
「お互いの知らないことを話す、というのはどうだろう? 私は月や星に照らされる夜の森について話そう。君は太陽の下で花がどのように咲くものなのか、私に教えておくれ」
「ええ、承知いたしました」
ロザリー様と私はお屋敷について、森について、昼と夜についてお互いに話をしました。
ロザリー様のお話を聞いて満月の晩の明るさや闇夜の静けさを想像し、いつしか落ちついてロザリー様のお手当てができるようになっていました。真っ白な包帯を繰りながら、私は暖かな春の草や、鮮やかに咲き並ぶ花についてお話ししました。
私は包帯を留めながら、やはりこのお屋敷でこの先も暮らしていけたならどんなにか良いだろう、と考えていました。




