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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
V 二つの家と手紙
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夜の散歩

「ロザリー様」

 玄関ホールで私はロザリー様の背中に向かって呼びかけました。

「……少し散歩でもしてくるよ」

 ロザリー様は私の方を振り向きもせずにそうおっしゃいます。その腰に銀の剣が提げられているのが見えました。

「魔の者の退治でございますか?」

「いや、これはただ念のためだ。遅くなるかもしれないから、君はもう眠っておいで」

「いいえ、このままではロザリー様のことが心配で、眠れようはずもございません」

 何があったのですか、と私はロザリー様に近づきました。ロザリー様はゆっくりと振り返られました。それから私に笑いかけようとなさいましたが、目元も口元も引きつっていらして、無理をなさっているのは明白でした。

「本当にただの散歩だよ。日が昇るまでには帰るから、心配するのはお止め」


 私は首を横に振って、これならばロザリー様に効果があるに違いない、と思いついた一言を申し上げました。

「ロザリー様、こんなにお願い申し上げても何も教えてくださらないのでしたら、これからロザリー様の後を付けさせていただきます。そうして、ロザリー様のその憂いの理由を突き止めたいと思います」

 思った通りに効果はあったようで、ロザリー様は呆気にとられたような顔を一瞬された後に、表情を緩められました。

「君が屋敷に来て間もない頃の、あの晩のようにかい?」

「ええ。あの時には、ロザリー様が吸血鬼でいらっしゃることを知りました。今晩も、ロザリー様が私に隠していらっしゃる何かを知ることができるのではないかと思っております」

「私が吸血鬼であることは、隠しているつもりはなかったのだけれどね」

 ロザリー様は困ったように笑われます。いつもの自然なお顔が取り戻されて、私はほっとしました。


「君を危険に晒すわけにもいかないな。ああ、どうせいつかは言わなければならないことだ」

「それでは、ロザリー様……」

 私は期待に顔を上げました。ロザリー様は再びお顔を曇らせておっしゃいました。

「しかし、イラ。……本当にすまないが、今はとても冷静に君に伝えられるような気分ではないんだ。今夜一晩散歩をして、頭を冷やしたらきっと言おう。だから……」

「……ええ、承知いたしました。きちんとお屋敷でロザリー様のお帰りをお待ちしております」

 ロザリー様はご安心されたようにため息をつかれました。

「夜が明けるまでには必ず帰るよ。そして明日の朝には全て話そう。……そのためにも、君はしっかり休んでおいで」

「かしこまりました、ロザリー様」

 私が頷くと、ロザリー様は玄関の扉を開けて夜気の中へと出て行かれました。ロザリー様の後ろ姿をお見送りし、私は本を片付けて言いつけ通りに自室へ戻りました。

 けれどもロザリー様のあの動揺の原因、私に伝えようとされていることについてどうしても考えてしまい、なかなか寝付くことはできませんでした。

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