魔の者のお話
翌朝、朝食の時間にいつものようにロザリー様にお会いしました。
ロザリー様は普段と何一つ変わらないご様子でお食事をなさっています。
私は我慢できなくなり、ロザリー様に昨日のことをお尋ねしました。
ロザリー様は少し考えたあと、「仕事だよ」とお答えになりました。私は相当に不思議そうな顔をしていたようで、ロザリー様は続けて説明してくださいました。
「あそこは昔、戦があったところで、今でも亡霊どもがうろついているんだ。それらがいつ生きた人間に害を加えにこないとも限らないからね、同じ魔の者である私が、王から命を受けて退治しているというわけだよ」
その時の私にはわかる所もありましたし、わからない所もありました。そこで、とりわけわからなかった所をお尋ねしました。「魔の者とは、いったい何でしょうか」と。
思い起こせば、私はそのとき初めてロザリー様が驚きと困惑の表情を露にするのを見たのです。
「イラ……、その、ここに来る前に何も聞いていなかったのかい?」
私は記憶を掘り起こしてお答えしました。
「お屋敷で、ロザリー様のメイドとしてお務めすることのほかは……、特別なことはうかがっておりません」
ロザリー様は頭を抱えてしまわれました。私は何か不用意なことを申し上げてしまったかとはらはらするばかりでした。
やがて、ロザリー様が口を開きます。
「……色々と言わなければならないことがあるから、今日の夕食の後に書斎へおいで。……ああ、長くなるかもしれないから、その時にはお茶を2人分持ってきておくれ」
「はい、ロザリー様」
その晩の夕食を片付けまで終えてから、言いつけ通りにお茶の準備をしてロザリー様の書斎へ行くと、ロザリー様は何か書き物をなさっていました。
ロザリー様は私の姿を認めると手を止めて、机の向かいに置かれた椅子に掛けるよう、私に告げられました。
お茶をお出ししてから腰掛けると、ロザリー様は確認なさるように「本当に、何も知らないのかい?」とお尋ねになりました。
「はい」とお答えすると、ロザリー様は続けて、「それでは、吸血鬼のことは聞いたことがあるかな?」とおっしゃいました。
私はなぜ突然吸血鬼が出てきたのだろうと不思議に思いながらも、先輩メイドから吸血鬼の話は聞いたことがあること、そのお話の中で吸血鬼は夜な夜な墓場から抜け出して人の血を吸って殺す、恐ろしい怪物であったことをお話ししました。
私の語るおとぎ話を聞くと、ロザリー様は苦笑いしながら「これは本当に、王に一言言わなくてはならないな」と呟かれました。
ロザリー様は穏やかな瞳でこうおっしゃいました。
「イラ、魔の者というのはね、人間に近い姿形をしているが人間ではない者のことだ。太陽の光を避け、夜に行動する。そして、人間にはない力を持っていることが多い」
私は頷きます。それを見てロザリー様はお話を続けました。
「いちばん多いのは、亡霊かな。イラも昨夜見ただろう?」
昨晩感じた恐ろしさを思い出し、心臓が冷えるような心地がしました。
「あれは強い感情を持って死んだ人間が蘇ったものだ。痛みを感じず、通常の方法では完全に倒すことはできない」
震えを覚えながらも、私は「ロザリー様は、……あれを倒したのですか?」と尋ねました。
「ああ。あんな風に崩れては、もう復活しない。まあ、それは私の力ではなくあれのおかげなのだけれどね」
ロザリー様が指し示した先の壁には、細身の剣がかけてありました。昨晩使われていたものだとすぐにわかりました。
「あの刃は純銀でできているんだ。鍔や鞘などの細工もそうした事のために施されていて、魔の者にとっては絶大な力を持つ。……実を言うと、私も恐ろしいくらいだよ」
ロザリー様は微笑みを浮かべてはいましたが、そのお顔にはどこか凄みが感じられました。私が椅子の上で居心地悪く身じろぎすると、ロザリー様は紅茶を一口召し上がり、息をつきました。
「それで、だ。亡霊は死んだ人間が魔の者となって蘇ったものだが、私は違う。言わば、生まれついての魔の者だ」
あの時の私には、ロザリー様がなんだか別のお方のように見えていました。
「イラ、先ほど私が吸血鬼について尋ねただろう? ……そういうことだ。私は吸血鬼なんだよ」
そのお言葉をにわかには信じ難く、私はじっとロザリー様のお顔を見つめていました。