重いゆらぎ
ロザリー様は深いため息をつかれました。
「イラ、君の短い命を私などのために費やそうとしないでおくれ」
「ロザリー様のために生涯を使えるのであれば、本望でございます」
「イラ、違うんだ。そうではないんだよ」
ロザリー様のお声はかすかに震えていました。
「君は私に……、君の死を看取れと言うつもりかい」
決意に水を浴びせかけられたようで、私は何も言えなくなってしまいました。
ロザリー様は弱々しく笑みを作られました。
「私は君がこの世からいなくなった後も永い時間を過ごさなければならないんだ。君と離れなければならないのならば、徹底的で救いのない死の別れよりも、君が良い相手に嫁ぎ幸せに生きているのだと希望を抱けるような、祝福された別れを選びたいのだよ」
「ロザリー様、私、私は……」
何を言ったらいいかわからないまま、意味のない言葉だけがこぼれ落ちました。その後には長い沈黙が部屋を満たしました。
私はおそるおそる重たい唇を動かして、お尋ねしました。
「私がナッシュガルトに嫁げば……、ロザリー様は幸せに過ごされることができるのですか」
「しばらくの間は、それは寂しいだろうね。けれども、君がどこかで健やかに生きているのだと、いつまでもそう思えるから、きっと私は幸せに暮らしていけるさ」
「私も、ロザリー様とお別れするのは、寂しゅうございます」
ロザリー様はゆっくりと私に言い聞かせました。
「全く会えなくなるわけではないさ。あの音楽会のように社交の場で顔を合わせる機会もあろうし、そうでなくともお互いの家で交流は持てるはずだ。手紙だってやりとりできるだろう」
私はほんの少しだけ安心しました。
「イラ、ええと……、君が言ってくれたからこう言うけれどね、私のことを除いて考えれば、君のことを最も幸せにできるのはやはり彼ではないか、と思うよ」
「……はい、ロザリー様」
私が首肯したことでロザリー様はほっと安心されたようでした。
「もう日が高いようだ。私はもう休むよ。この件についてはまた、冷静になって前向きに考えておいで。……ああ、これは君に渡しておこう」
ナッシュガルトからの求婚の手紙を受け取り、私は書斎を後にしました。
毎日の通りにお屋敷の中での仕事を終え、私は籠を持って外に出ました。
春の日差しは明るく暖かく辺りを照らしていました。
私は丁寧に花を摘んでは手元の籠に落としました。陽気に誘われるように、いつしか私の唇からは歌が紡ぎ出されていました。
ちょうど歌の盛り上がりにさしかかったとき、「一度聴いた歌をすべて覚えているのですか?」というナッシュガルトの言葉を思い出して、私はふつりと歌を止めました。
唇をつぐんだまま、指を伸ばして花を摘みます。花はまだ見渡す限りに咲いていて、甘やかな香りを漂わせていました。私が体を動かすのに合わせて、花たちは光の中でそよそよと揺らぎました。
(イラ、僕の隣で咲いていてくれませんか)
再びナッシュガルトの声が頭をよぎります。
私は手を止めて空を仰ぎました。雲ひとつない青い空がどこまでも広がっていました。おそらくはこの森を越えて、ナッシュガルトの屋敷までも。
「ああ……」
私は知らず知らずのうちに嘆息していました。




