訪れ
翌日からはお屋敷での静かな日常が戻ってきました。
私はいつもの通りに朝日の昇る少し前に目を覚ましました。お休みになるロザリー様にご挨拶を申し上げ、仕事に取りかかりました。
洗濯物を干している間、私は昨夜知ったばかりの明るい歌を口ずさみました。
仕事が一段落し、本でも読もうと思って一冊を手に取り、自室の椅子に腰掛けました。
数度ページをめくったものの、なんとなく頭がぼんやりとして書かれていることが頭に入ってきません。
いつの間にか私は座ったまま、こくりこくりと居眠りをしていました。浅い眠りの夢の中にも、昨夜の音楽会とそこで出会った人たちが現れました。
目を覚ましたときには、もう日が傾きかけていました。
私は夕食の支度を急ぎました。いつもより少しばかり簡素なものにはなってしまいましたが、なんとかロザリー様がお目覚めになる前に食事を作り上げることができました。
夕食の席で、私は夢の中で思い出したことについてロザリー様にお尋ねしました。
「ロザリー様、あの晩、王とはどのようなお話をなさっていたのでしょうか」
ロザリー様はお食事の手を止められました。
「簡単に言うと、ある内密の頼まれごとをされたのだが断ったんだ。固く口止めをされているから、悪いけれど君であってもこれ以上は教えられないな」
「承知いたしました、ロザリー様。ありがとうございます」
それからロザリー様は少し意味深なものを感じさせるお言葉を発せられました。
「これからどのようなことがあったとしても、君には不自由などさせないよ。イラは何も心配せず、いつも通りに過ごしておいで」
私は自分自身が何も知らないことに不安を覚えて申し上げました。
「ロザリー様、もし何か不都合なことがあるならば、どうぞ私にもお教えください。ロザリー様がご苦労をなさっているのに、私だけ何も知らないままでいることなどできません」
「ありがとう、イラ。万が一このことに動きがあれば、その時こそ君に伝えよう」
それから数日が経ちました。森の蕾は次第に花開き始めました。
ロザリー様は普段のお仕事に加えて精油づくりをなさるようになり、調香室にこもられる時間が長くなりました。
私もメイドとしての仕事を終えた後は、森に出かけて香りの良い花を籠に摘み、ロザリー様のお手伝いをいたしました。
お屋敷に一通の手紙が届いたのは、そんな忙しくも楽しい日々のことでした。
その手紙は滑らかな手触りの上質な封筒に入れられていました。封蝋の印は、私がこれまで見たことのないものでした。
手紙が届いた翌朝、ロザリー様はいつになく早く食堂へお越しになりました。
「おはようございます、ロザリー様。いかがなさったのですか?」
朝食の準備を始めようとしていた私は、驚きながらも尋ねました。
「いや……。イラ、君の働きをここで見ていてもよいだろうか。邪魔はしないつもりだから」
「え、ええ、もちろんでございます」
私はパン粥を煮込み、卵を焼きました。それから果物をきれいに拭いて食べやすいような形に切りました。ロザリー様は台所の入り口近くで私を見ていらっしゃいました。その視線を意識してしまっていつもよりも手際が悪くなっているのがわかり、少しもどかしいような思いがしました。
「ロザリー様、昨夜に何かございましたか?」
ロザリー様は食事の手を止めて、
「昨日届いた手紙を読んでね……。君にとって大事なことだから、朝食の後に書斎へおいで」と私の顔を見つめておっしゃいました。
「私、ですか? ……ええ、かしこまりました」
「イラ、君は……、これまで本当によく働いてくれたね」
その静かなお話しように、私は突然不安になりました。
「ロザリー様、もしかしてどこかへ行ってしまわれるのですか? また何か、王から便りがあったのですか?」
「私はどこにも行かないよ、イラ。それに届いたのはむしろ喜ばしい報せだ」
年を取ると急にしみじみした気分になることがあるものさ、とロザリー様は私を安心させるように告げられました。




