音楽と、その後
拍手が鳴り止んでからたっぷりと間があって、一筋の光のような歌声が射し込みました。その声は確かに女性歌手から発せられているのですが、まるで天から降ってくるように聴こえました。
歌われているのは祈りと赦しでした。
先ほど歌われた2人を飲み込んだ濁流は清い流れに立ち返り、太陽の照らす昼の世界も月と星の照らす夜の世界も、澄んだ静謐に満たされていました。
私の心は高みへ引き上げられていくと同時に自分自身の中へ深く潜っていくようでした。歌声に導かれて、私は揺るぎなく美しく尊いなにかを想いました。
歌が終わると静寂の後にどこからか拍手が始まりました。拍手はさざ波のように慎み深く、絶えることなく続きました。
2人の音楽家と王が礼を述べ、演奏会は終わりました。
人びとは席を立ち、再び歓談を始めます。
ロザリー様の声に名前を呼ばれ、私はそちらへ顔をお向けしました。
ロザリー様はちょっと微笑まれて「少しの間だけ、じっとしておいで」と私におっしゃいました。
冷たい指先が伸びて私のあごを支えるようにあてがわれます。もう一方の手でハンカチを取り出して、ロザリー様は私の頬を撫でるように優しく拭ってくださいました。そこで初めて自分が泣いていたことに気づきました。
「楽しんでもらえたようだね、イラ」
ロザリー様はハンカチをしまわれておっしゃいました。
「もちろんです、ロ……、お父様。こんな心が揺さぶられるような演奏は初めて聴きました」
「それはよかった。あの歌手と一言話ができるかと思うのだけれど、見当たらないようだね」
「あ、あの方と話ができるのですか!?」
これまで噂にしか聞いたことがなく、今夜のこの世のものとは思えないほどの素晴らしい歌声を聴いた私は、なんだかあの女性歌手がまるきり遠い世界の人のような気がしていたのです。
「ああ、もう少ししたらこの部屋に戻ってくるのではないかな。帰る時間もあるからゆっくりと、というわけにはいかないだろうけれど、ぜひ感想を伝えておいで」
私はすっかり興奮してしまって、女性歌手が戻ってくるのを今か今かと待っていました。
女性歌手の歌声を思い、そこからつながるように鍵盤楽器を弾いていた男性を思い出しました。続けて演奏会のはじめに音楽家たちが部屋に入ってきた時と鍵盤奏者が演奏した曲を説明した時の、ロザリー様の奇妙なご様子を。
私は今度こそ、その理由を尋ねてみようと考えました。
「あの、お父様……。うかがいたいことがあるのです」
「なんだい、イラ?」
「お父様は今日の音楽家……、とりわけ鍵盤奏者の方とお知り合いなのですか?」
ロザリー様は私の質問を聞くと渋い顔をなさいました。
「申し訳ないけれど、今この場ではそれに答えることはできない。屋敷に帰ってから話そう」
「お父様、それはなぜ……」
「エインズワース、話の途中にすまないが来てはもらえぬか」
突然王の声が割り込みました。
「これは失礼いたしました、陛下」
ロザリー様は立ち上がって応えられます。
「今はそのようなことはよい。先ほどの話の続きをしよう」
「そのお話ならば既に……」
「エインズワース」と、王は鋭い口調でロザリー様のお返事を打ち切られました。
「今は誰にも聞かれてはならない。部屋を出るのだ」
王はそう言うなり外へつながる扉へ足を向けました。ロザリー様の眉根が寄せられます。
「お待ちください、陛下。何度話をしようと、私の意思は変わりません」
「エインズワース。そなたには時間がないのであろう。早く来ぬか」
振り向きもせずに強い口調で王が言います。聞こえないようにため息をついてから、ロザリー様は私にこうおっしゃいました。
「イラ、必ずすぐに戻ってくるからいい子で待っておいで」
「はい、お父様」
ロザリー様は大股に王の後ろ姿に続きました。




