二人の名前
「エインズワース様と初めてお会いした時のことは、今でも覚えていますよ」とテイラー夫人は呟くように言いました。
「私が今の___と同じくらいか、もうちょっと若い頃……。父からエインズワース様を紹介されたんです。ああ、なんて優雅な人なんだろう、って本当にびっくりしたものです」
テイラー夫人のお話を聞きながら浮かんでいたのは、王城にいた頃のおぼろげな思い出でした。
「吸血鬼でいらっしゃるってうかがった時には信じられないような思いでしたけどね。でも、いつも慎重にお日様を避けていらっしゃるし、はるか昔からお姿にお変わりもないみたいですし、きっと本当にそうなのでしょうね」
少しそこで言葉を切って、テイラー夫人は軽く目を瞑りました。
「エインズワース様は私たちとは違う時間を生きていらっしゃるっていうこと……、最近は痛いほどに感じるわ」
「……どうして、ですか?」
テイラー夫人は私の方を向いて笑いました。
「エインズワース様はずっとあのお姿なのに、私はどんどん年を取ってしまって……。結婚して、娘が生まれて、それでもエインズワース様は出会った頃のままなんですよ。本当のところ、もうこのしわのある顔をお見せするのが恥ずかしいくらいですよ」
「母さんの顔なんて、しわがあってもなくても、そんなに変わらないじゃないの」
励ましているのか、からかっているのかわからない調子で、テイラー嬢が言いました。
「そのうちあなたにもわかりますよ、___」
ぴしゃりと言って、テイラー夫人はカップの中の飲み物を一口飲みました。
カップに視線を落としたまま、テイラー夫人がぽつりと言いました。
「イラお嬢様、今から失礼なことを申し上げてしまうかもしれませんけれど、どうかお許しくださいね」
「……なんでしょうか?」
私はすこし身構えてから尋ねました。
「私は先ほど、お嬢様のことがすごく、すごく羨ましくなってしまいました。エインズワース様にお名前を呼ばれていらっしゃる、ということで」
テイラー夫人は少し顔を上げて、首をかしげている私をうかがうと、ほんの少しだけ笑みを浮かべました。
「エインズワース様は長いこと私どもの店を贔屓にしてくださっているのです。私の祖父の祖父の、そのまた昔から。……エインズワース様にとって私たちの寿命は短すぎるのでしょうね。私は……私たちは、ずっと『テイラー』と呼ばれております」
はっとしてテイラー夫人の顔を見つめると、夫人も私の視線を受け止めました。そうして口元に笑みを貼り付けたまま、こう続けました。
「お嬢様にはお教えしておきましょうか。私の名前は、___というのです。エインズワース様にとっては私の生涯などほんの束の間のことで、覚えてはいただけないのですけれどね」
テイラー嬢の名前と同じく、この時に聞いたテイラー夫人の名前も、今となっては記憶のはるか遠くに霞んでしまっています。話した内容はこんなにも覚えているのに、二人の名前だけが、どうしたことか思い出せないのです。お名前を聞いたときには、絶対に忘れまいと強い決意を胸に抱いたはずなのに。
「一度でいいから、エインズワース様に___と名前を呼んでいただけたら、と若い頃は思っていましたわ。お嬢様にお会いしてその時の気持ちを思い出して、ああ、魔の者でなくても、普通の人間でもエインズワース様にお名前を覚えていただけるんだ、って、ちょっと羨ましくなってしまいました」
「もう、母さん。イラ様はエインズワース様の養女なんでしょう? あたしたちみたいなただの仕立屋とは扱いが違って当然だって、わかってるはずじゃない」
「ええ、そうね。まったくだわ、___。それに私だって、もう諦めはついているもの」
「でしょう? それにあんまりエインズワース様のこと言ってると、父さんがかわいそうじゃない」
テイラー夫人は思わずと言った様子で笑い出しました。
「父さん、そうねえ、父さんね。父さんも本当にいい人よ。あなたも結婚するならああいった人を選びなさい」
「イヤよ、あたしはもっと大きな、熊みたいに強い人と結婚するんだから」
「この子は本当に、どうしてこんな風に育っちゃったのかしら」
テイラー夫人が大げさに嘆いてみせると、テイラー嬢はわざとらしくあさっての方を向きました。その様子がおかしくて、私はまたひとしきり笑ってしまいました。




