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お屋敷の日々

 お屋敷のこと、ロザリー様との暮らしのことを書く前に、私がロザリー様にお仕えするようになるまでのことを記しておきましょう。


 聞くところによると、私は捨て子で、ロザリー様が私を拾ってくださったそうです。ロザリー様はご自分では赤子を育てられないとお考えになり、当時はまだ親しくなさっていた王に、私を城で育ててもらえるよう頼まれたそうです。

 そういうわけで物心ついたとき、私は王城にいました。常に誰かが働いていて人の気配がざわざわとしていたのを、今でもわずかに覚えています。幼い私は王城でメイドとしての教育を受けました。

 私の子守りをしてくれたのは、王城に務めていた他のメイドのはずですが、その顔はもう思い出せません。辛かったという記憶もないので、たぶん良くしていただいていたのでしょう。


 それよりもはっきりと覚えているのは、やはりロザリー様のことです。

 ロザリー様は毎年冬になると王城へお越しになり、1週間ほど滞在なさりました。

 この時から、ロザリー様は私のことを気にかけてくださっていました。ご滞在の間、私は夕方以降の仕事を免除され、ロザリー様の居室へ招かれました。ロザリー様は様々なことをお尋ねになったり、時折はお菓子を下さったりもしました。私がメイドとしての仕事をできるようになってからは、ロザリー様の身の回りのお世話をさせて頂きました。


 あとで聞く話によると、私がロザリー様のお屋敷に仕えることは、最初からロザリー様と王の間で取り決められていたそうです。


 ある冬の日、ロザリー様が王城からお屋敷へと帰る馬車に、私も座っていました。

 馬車の中から降りしきる雪を見ていたような記憶があるのですが、きっと覚え違いでしょう。馬車は夜のうちに走っていたか、さもなければ光の射し込まないように鎧戸を閉め切っていたはずですから。


 王城にいた時から、ロザリー様は私に大層良くしてくださいましたので、お屋敷へ行くことに何も不安はありませんでした。

 ただ、賑やかな王城からロザリー様と二人きりのお屋敷へ移ってきて、始めのころはその静けさに寂しさを覚えたものです。

 お屋敷は森の奥深くにありましたから、夜になると獣たちの声や木々のざわめきがことさらに聞こえ、怖くなってお仕事をなさっているロザリー様のもとへ行くこともありました。お仕事の邪魔になっているというのにロザリー様はちっともお怒りになることはなく、「夜の間は私が屋敷を守っているから、何も心配はいらないよ。代わりに、昼間はイラが屋敷を守っておいで」と言ってくださるのでした。その言葉を聞いた後は、私はどんなに強い嵐の晩でも安心して眠ることができました。


 お屋敷の日々は、主であるロザリー様ご自身を写したかのように穏やかなものでした。

 私は朝日が昇る前に目覚め、朝食を作ります。朝食ができ上がると、一晩中お仕事をなさっていたロザリー様を呼びに参ります。

 ロザリー様は書斎にいらっしゃることもあれば、屋敷のいちばん西端の、調香室にいらっしゃることもありました。ロザリー様のお仕事は、調香師だったのです。

 調香室には大きな円形状の机があり、その上には小瓶がずらりと並べられていました。ロザリー様はそれらの小瓶の中身を自由に操って、かぐわしい様々な香水を作るのでした。

 調香室には普段鍵がかけられていたため、私がそこに入ることができるのは、ロザリー様が時が経つのも忘れて調香に熱中されている時だけでした。私は調香室で、ロザリー様の魔法のように優美な手つきを見ているのが好きでした。


 朝食を終えると、ロザリー様は地下の寝室でお休みになります。私はお掃除やお洗濯など、メイドの仕事を行います。

 広いお屋敷ではありましたが、暮らしているのはロザリー様と私の二人だけだったため、忙しいということはありませんでした。お客様がいらっしゃることもなく、王城での暮らしと比べると、本当に静かでゆったりとしていたものでした。


 お昼の間一人ぽっちでいる私のために、ロザリー様は読み書きを教えてくださり、お屋敷にある書物を読むことを許してくださいました。お掃除や洗い物、お洗濯など諸々の仕事を済ませてもまだ日が高いときには、お屋敷の書物を気の向くままに繙いていました。様々な内容の、たくさんの書物がありましたが、古い伝説を扱った叙事詩が多かったように思います。

 思えば、今こうして自分の記憶をしたためられるのも、こうした経験があってのことなのでしょう。


 夕方になると、私は夕食の準備を始めます。ロザリー様が調香をなさる際の邪魔にならないよう、においの強い野菜やハーブは使わないように気をつけていました。

 日が沈んでからロザリー様はお目覚めになり、夕食を召し上がります。

 その後、私が夕食の片付けを終えると、ロザリー様は私に勉強を教えてくださいました。

 ロザリー様はよく、「私の話し相手はイラだけだからね。……教養のない相手と話していてもつまらないだろう?」とおっしゃっていました。私はロザリー様ときちんとお話ができるよう、一生懸命に学びました。

 勉強が終わると、ロザリー様はお仕事に行かれます。私はロザリー様にご挨拶をして寝室へ入り、眠りにつきます。

 お屋敷の一日は、このように幸せに過ぎていきました。

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