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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIV 霧中
199/213

騙し討ち

 通されたのは王城を思い起こさせるほどの豪奢な部屋でした。

「座って待ってて。……逃げちゃだめだよ」

 手の込んだ細工の施された長椅子に座らされました。鍵盤奏者はそのまま部屋を出て行きました。

 一人にされると様々な感情が心を襲いました。恥辱よりも怒りよりも恐れよりも、ロザリー様を裏切ることの罪悪感が暗く影を落としました。

 私は自分の体を強く抱いて、うずくまるように身を縮めていました。


「……ちゃんと待っててくれたんだね」

 笑いを含んだ声で鍵盤奏者が言いました。目の前の机に何かが置かれました。視線を上げると葡萄酒の瓶と2つのグラスでした。

 彼はコルクを抜いてグラスに瓶の中身を注ぎました。

「飲みなよ。……本物の葡萄酒だよ」

「飲んだところで、どうせ味などわかりません」

 鍵盤奏者は白い指でグラスの脚を持ち上げました。

「こういうのは、気分を盛り上げるのが大事なんだ」

 彼がグラスを傾けるのに合わせて、私も少しだけ葡萄酒を口にしました。何の風味も感じられず、以前に飲んでしまった血液との違いもわかりませんでした。


「ねえ、こういうとき、ロザリーは君にどんなことするの?」

 絵画のような美しい顔に意地悪い笑みを浮かべて彼が訊きました。私は葡萄酒を飲み、答えを拒みました。

「……言えないようなことしてるんだ?」

「いいえ」

 ロザリー様までが辱められることが許し難く、短く言いました。

「だろうね。彼、潔癖だから」

 小馬鹿にするような口調でした。グラスの脚を持つ指に力が入りました。

「ロザリーから君を掠め取れるなんて、楽しみだな」

 長椅子から腰を浮かせ、グラスの中身を鍵盤奏者に浴びせかけていました。彼はわずかに目を円くしました。


「……あなたがそれほど卑劣な人だったなんて、思いませんでした」

 衣服を赤く染めて、なお鍵盤奏者は笑いました。

「あんまり興奮すると薬が回るよ」

「薬……?」

 私は音を立ててグラスを置きました。彼の言葉の続きを険しい視線で尋ねました。

「無理矢理するのも嫌いじゃないけどね。今回はちょっと面倒だから」

 悪びれる様子はまったくありませんでした。「座りなよ。……そのまま倒れたら怪我するよ」と彼は私に長椅子を促しました。

「なぜ、このような汚らわしいことを……」

「寝てるうちに終わっちゃった方が君も楽でしょう?」

 私は堅く口を引き結んでテーブルの隅をじっと見ました。鍵盤奏者が話しかけてきても返事はしませんでした。


 やがて酔いが回るように鼓動が早まり、視界が揺れるのが感じられました。

「効いてきたみたいだね」

「あなたは……」

 私は意識を保とうと鍵盤奏者を睨みました。いくらも経たないうちに目眩はひどくなり、私は抗いきれずに長椅子に伏しました。

「それじゃあ、おやすみ」

 何かを言おうとしても、もう舌が回りませんでした。意識は大きな渦の中に引きずり込まれました。

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