騙し討ち
通されたのは王城を思い起こさせるほどの豪奢な部屋でした。
「座って待ってて。……逃げちゃだめだよ」
手の込んだ細工の施された長椅子に座らされました。鍵盤奏者はそのまま部屋を出て行きました。
一人にされると様々な感情が心を襲いました。恥辱よりも怒りよりも恐れよりも、ロザリー様を裏切ることの罪悪感が暗く影を落としました。
私は自分の体を強く抱いて、うずくまるように身を縮めていました。
「……ちゃんと待っててくれたんだね」
笑いを含んだ声で鍵盤奏者が言いました。目の前の机に何かが置かれました。視線を上げると葡萄酒の瓶と2つのグラスでした。
彼はコルクを抜いてグラスに瓶の中身を注ぎました。
「飲みなよ。……本物の葡萄酒だよ」
「飲んだところで、どうせ味などわかりません」
鍵盤奏者は白い指でグラスの脚を持ち上げました。
「こういうのは、気分を盛り上げるのが大事なんだ」
彼がグラスを傾けるのに合わせて、私も少しだけ葡萄酒を口にしました。何の風味も感じられず、以前に飲んでしまった血液との違いもわかりませんでした。
「ねえ、こういうとき、ロザリーは君にどんなことするの?」
絵画のような美しい顔に意地悪い笑みを浮かべて彼が訊きました。私は葡萄酒を飲み、答えを拒みました。
「……言えないようなことしてるんだ?」
「いいえ」
ロザリー様までが辱められることが許し難く、短く言いました。
「だろうね。彼、潔癖だから」
小馬鹿にするような口調でした。グラスの脚を持つ指に力が入りました。
「ロザリーから君を掠め取れるなんて、楽しみだな」
長椅子から腰を浮かせ、グラスの中身を鍵盤奏者に浴びせかけていました。彼はわずかに目を円くしました。
「……あなたがそれほど卑劣な人だったなんて、思いませんでした」
衣服を赤く染めて、なお鍵盤奏者は笑いました。
「あんまり興奮すると薬が回るよ」
「薬……?」
私は音を立ててグラスを置きました。彼の言葉の続きを険しい視線で尋ねました。
「無理矢理するのも嫌いじゃないけどね。今回はちょっと面倒だから」
悪びれる様子はまったくありませんでした。「座りなよ。……そのまま倒れたら怪我するよ」と彼は私に長椅子を促しました。
「なぜ、このような汚らわしいことを……」
「寝てるうちに終わっちゃった方が君も楽でしょう?」
私は堅く口を引き結んでテーブルの隅をじっと見ました。鍵盤奏者が話しかけてきても返事はしませんでした。
やがて酔いが回るように鼓動が早まり、視界が揺れるのが感じられました。
「効いてきたみたいだね」
「あなたは……」
私は意識を保とうと鍵盤奏者を睨みました。いくらも経たないうちに目眩はひどくなり、私は抗いきれずに長椅子に伏しました。
「それじゃあ、おやすみ」
何かを言おうとしても、もう舌が回りませんでした。意識は大きな渦の中に引きずり込まれました。