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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIV 霧中
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新たな一歩

 葉擦れのような話し声が聞こえて目を覚ましました。視線を上げると、ロザリー様が鍵盤奏者とお話をなさっていました。鍵盤奏者の目がふと私を見ました。

「起きたみたいだ」

 ロザリー様のお声が「イラ、よく眠れたかい」と続きました。

「ええ」

 私は起き上がりました。夢も見ないほどに深く眠った後の、胸の中が空になってしまったような寂しさがありました。


「……僕たちの話、聞いてた?」

「いいえ……」

 ぼんやりとした気分のまま答えると、鍵盤奏者は「それならいいんだけど」と独り言のように言いました。私はロザリー様がどこかこれまでと違うように見えて、その横顔を眺めました。

「不安がらせるようなことを言うのはやめてくれ。聞かれて困るような話もしていないだろう」

 ロザリー様はため息まじりにおっしゃいました。

「そうかな」

「イラ、気にするのではないよ」

「はい、ロザリー様」

 鍵盤奏者が面白がるような声で笑いました。

「本当にイヌみたいだ。嫌われないように尻尾ふって」

「彼女のためなら、尻尾でも何でも振ってやるさ」

 ロザリー様のその軽い調子のご返答を聞いて、先ほどの鍵盤奏者の言葉は私ではなくロザリー様のことを指していたのだと気付きました。


 私が腹を立てるよりも早く、ロザリー様が話題を変えられました。

「それはそうと、頼んだものは用意できるのだろうね」

「うん。……おいでよ」

 後の言葉は私に向けられたもののようでした。私は不安にロザリー様のお顔をうかがいました。

「……ロザリー様」

「大丈夫だ、行っておいで」

 ロザリー様は鍵盤奏者に「おかしな真似はしないだろうな」と釘を刺されました。

「そんなことするなら、君が寝てるうちにしてるよ」

 呆れたような口調でした。ロザリー様は一応は納得なさったようでした。


 鍵盤奏者は私を別の部屋に連れて行きました。広い部屋で、天蓋付きのベッドや鏡台、クロゼットなどが置かれていました。彼はそのクロゼットを開けて私を振り向きました。

「この中から体に合うの選んで着替えて」

 それだけ言うと、彼は部屋を出て扉を閉めました。私は部屋の扉を見つめ、次いでクロゼットに目を移しました。

 中には女性ものの衣服がひしめき合うように入っていました。一体なぜこんなに、と疑問に感じながらも一着を取り出してみます。厚手の生地のワンピースでした。

 大きさも種類も色合いも様々な衣服が雑多に詰め込まれた、という印象でしたが、探してみるとシュミーズやアンダースカートなど、下着類までもが揃っていました。


 着続けていた衣服を脱ぎ、順々に新しい服を身に着けます。体に合うのは、自分の記憶よりも一回り小さなものでした。それでも痩せて衰えた体には重く感じられてしまいました。

 最後に薄い上着に袖を通すと、気分が改まるような、前向きな気持ちになれました。

 床に落ちた、それまでに着ていた服を見るとまるで襤褸切れで、今さらに惨めさを覚えました。

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