仕立屋の娘
大きな部屋でした。中央はがらんと空いていて、大きな作業台や衣装掛けや巻かれた布や、そのほか何に使うのかもよくわからないものが、ぐるりと壁に沿うように置かれています。
一見雑然としているように見えますが、落ちついた空気が流れています。私は、お屋敷の調香室と同じだ、と感じました。きっちりと目に見えない秩序がある、仕事のためのお部屋です。
テイラー夫人は私を通したあと、部屋の外に向かって大声で誰かを呼びました。すぐにどこからか溌剌とした女性の声が返ってきて、走る足音が聞こえ出しました。
足音の主はテイラー夫人が支えていた扉をするりと通り抜けて、部屋へ駆け込んできました。
「はあい、お待たせしました! ええと……?」
駆け込んできた女性がくるりと大きな目を動かして私の方を見ました。年は当時の私と同じくらいでしょうか、テイラー夫人と同じ黒髪と、活発な表情が印象的でした。突然飛び込んできた彼女に私はたじろいでしまい、きちんとしたお返事もできませんでした。
「まったく……、少しは落ちつきなさいといつも言っているでしょう!」
テイラー夫人はあきれたような顔で彼女を叱りました。
「ごめんなさい、母さん。こちらはエインズワース様の……?」
「ええ、イラお嬢様とおっしゃるのですよ。失礼のないようになさいね。……ああ、ごめんなさい、イラお嬢様。こちらは私の娘で、___と申します」
テイラー夫人は彼女の名前を紹介してくださいました。けれども悲しいことに、今ではその名前を思い出すことができないのです。……さらに言えば、この日にお聞きしたテイラー夫人の名前も。
今後思い出せた時に書き足せるよう、テイラー夫人とテイラー嬢の名前は、この手記の中で空白にしておくことにします。
「それでは採寸を始めますからね。お召し物をお脱ぎになってくださいな」
「あの、採寸……というのは?」
テイラー嬢はきょとんとした顔になりました。テイラー夫人がその様子を見て説明します。
「お嬢様は今日ここに来ることを、エインズワース様から教えられていなかったのですって」
それを聞くとテイラー嬢は、私の顔を見て笑い出しました。
「なんだ、そうだったんですか。なんだかひどく緊張したような、怖がっているような顔をされてたから」
「す、すみません……」
その言葉を言い終わらないうちに、テイラー夫人がテイラー嬢をたしなめました。
「___、失礼なことを言わないの。こちらこそ、娘が申し訳ありません」
「ごめんなさい、イラ様。それで、今日は、イラ様のドレスをお作りするように、とエインズワース様からのご注文なんです」
テイラー嬢はしゅんとしましたが、すぐに笑顔を取り戻して私に説明をしてくれました。
「そういうことで、イラ様は何も心配せず、あたしたちに任せていてくださいね」
テイラー嬢はそう言うと、壁にかけてあった巻き尺を手に取りました。
「服をお脱ぎになるのに抵抗があるかもしれませんけどね、私たちは一月に何人もの採寸をしているわけですから、恥ずかしがる必要は全くありませんよ」
テイラー夫人に促され、私は薄い肌着姿になりました。
採寸はテイラー嬢が行い、テイラー夫人はテイラー嬢が読み上げる数字を書き留めていました。
時折、「もう一度測り直してみなさい、きっと少しばかり数字が大きいわ」などの声がテイラー夫人から上がりました。それにテイラー嬢が従うと、確かにテイラー夫人の言った通りに数字が変わるのでした。
「テイラー夫人は、見ただけで寸法がわかるのですか?」と、私は思わず尋ねました。
テイラー夫人は笑って、「完全に分かるわけじゃありませんよ。お嬢様のお体のバランスと、測った数値を重ね合わせて、違和感がないかを考えているだけ」と答えました。
「うーん、あたしもそのうち、できるようになるのかしら」
難しい顔をしながらテイラー嬢が言いました。
「長い年月をかけて、何百人、何千人の寸法を測り続けていれば自然とできるようになるわ」
「そんなの、気が遠くなりそう!」
テイラー嬢はおおげさにため息をつきました。その様子がなんだかおかしくて、私は笑ってしまいました。