閉じた瞼
ふと目が覚めました。自分が寝ていたことをそこで初めて知りました。じっとしていらっしゃるロザリー様に向かって、お名前を呼びかけました。ロザリー様はまだ何の反応も示してくださいませんでした。
私は自分の手の中にあるロザリー様の手を見下ろしました。ほんの少しですが、しなやかに柔らかくなっているようでした。
「ロザリー様、私を助けてくださって……、ありがとうございます」
太陽の下で甲冑を着込んでいらした姿が思い出されました。早くお目覚めになって……というわがままはとても申し上げられませんでした。
かすかな音がロザリー様から聞こえました。私は息を詰めてそのお顔に視線を注ぎました。ロザリー様の唇が動きました。
「……イラ……」
「はい、ロザリー様!」
ロザリー様は小さく唇を動かされて、口を噤まれました。再び眠りに落ちていかれたようでした。
うわ言の中であっても私の名を呼んでくださったことに胸が切なく痛みました。
「ロザリー様、私はここにおります。ずっとお側についております。どうか、ご安心くださいませ」
私はロザリー様の冷たい手を自分の額に押し当てました。
私はただただ待っていました。時々手を伸ばして、薄くしわの寄ったりんごをかじりました。
ロザリー様は時たま何事かを口走られました。私は注意してそれに耳を傾けましたが、ほとんどは意味をとることができませんでした。私の名前が呼ばれたと思えた時には、何度も、何度でもお返事をいたしました。
「イラ……?」
握っていたロザリー様の指先がぴくりと動きました。
「はい、ロザリー様」
「ぶじ、かい……。けがは……」
切れ切れに言葉が聞こえます。私はそれを聞き漏らすまいと、小さく、けれどもしっかりとお答えしました。
「ええ、私は無事でございます。怪我もしてはおりません。ロザリー様、どうか安心してお休みになってくださいませ」
ロザリー様の唇の端がわずかに持ち上げられました。
「そうか……」
それから息を吐き、ロザリー様はまたお眠りになったようでした。私は安堵に体の力がすっかりと抜けてしまいました。
どれだけ放心していたことでしょう。私はふと思い出してパンとりんごをかじりました。パンは乾いて、りんごはかじったところから茶色くなってしまっていました。乾いた喉で無理矢理にそれらを飲み込みました。
パンを食べ終え、りんごを芯だけにしてしまうと、うつらうつらと眠気が訪れました。首を振って抗おうとしましたが、いつの間にか眠りに引き込まれてしまいました。
頭をもたせかけていたベッドが揺れました。目を開けるとロザリー様が身を起こそうとなさっていました。
「ロザリー様!」
ロザリー様は片腕でご自身のお体を支えられて、「イラ」と私に呼びかけてくださいました。そのまぶたはまだ赤く閉じたままでしたが、穏やかな表情が見てとれました。
「ロザリー様、お体の具合はいかがでしょうか」
私はロザリー様の背に手を当てて、ロザリー様が起きられるお手伝いをいたしました。少しでももたれられるものがあるとよいかと思い、腰に大きな枕を当てました。
「ああ、だいぶ回復しているよ。目はまだ見えないけれど、そのうち開くだろう」
ロザリー様は過たずに私にお顔を向けてくださっていました。
「イラ、こちらへ……」
身を寄せると、ロザリー様は手を伸ばして私の顔に触れられました。冷たい指が頬の骨をなぞり、顎の方へ撫で下ろされました。
「ずいぶんと痩せてしまったね。辛い目に遭わせて、申し訳ない」
「……よいのです。よいのです、ロザリー様。こうしてまた、お会いすることができたのですから……」
ロザリー様は続けて、私の髪を指で掬い上げられました。きしんで引っかかるような感触があり、いたたまれない恥ずかしさを覚えました。
髪の先に口づけるようにお顔を近づけ、ロザリー様は言葉を押し出されました。
「イラ、生きていてくれて、よかった……。あれが君への最後の言葉になっていたとしたら、私はとても、悔やんでも、悔やみきれはしなかっただろう……。君を逃がそうとして言ったこととはいえ、詫びる言葉もない」
私はロザリー様の手を下から支えるように握りました。どんな言葉も私の気持ちを充分に表してくれそうにはなく、ロザリー様のお名前を何度も何度も、心からお呼びいたしました。