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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
186/213

甲冑の主

 今にして思えば、それほど長い時間ではなかったのでしょう。けれどもこの時には永遠に振り回されていたかのように思えました。最後に屋根から飛び降りる衝撃を感じました。地面が妙に近く見えて、居心地の悪い違和感を覚えました。

 体がさらに何度か揺らされて止まりました。固いもの同士がぶつかり合う音が何度も聞こえました。

「……うるさいな」

 不釣り合いに静かな声がしたと思った時には薄暗い建物の中でした。私は地面に下ろされました。床がぐらぐらと揺れていました。枷の両腕を地面に着け、うずくまってじっとしていました。


「彼女を……」

 くぐもった声が小さく聞こえました。

「うん」

 足音が近づいてきました。黒いマントの裾が視界をよぎりました。白く冷たい指が猿轡をむしり取りました。口の中に指が差し込まれて、詰められていた布も引き出されました。ずるりとした感覚にえずきが込み上げました。黄色い胃液が布に落ちました。

 私はひたすら咳き込みながら荒い息をしていました。呼吸の胸の動きに合わせて、何度か吐き戻しが襲ってきました。


 頭が朦朧としていて、けたたましい金属音にもほとんど気を向けることができませんでした。私がそちらへ顔を向けたのは、続けて発せられた言葉を聞いてからでした。

「……ロザリー」

 弾かれたように頭を持ち上げました。倒れた甲冑に近寄る黒いマントの人物が、あの金の巻き毛の鍵盤奏者であることに、私は初めて気が付きました。


 鍵盤奏者は紐やベルトを引きちぎるようにして、甲冑を脱がせていきました。

「ロザリー様……? 本当に、ロザリー様なのですか」

 這うようにして近づくと、「黙っててよ」と苛立った目を向けられました。

「足手まといだから。……ロザリーを助けたかったら、そこで静かにしてて」

「はい……」

 私は、甲冑の中からロザリー様のお姿が現れるのをじっと見ていました。脱がされた兜の下は赤黒くぬめる血の塊のようで、それがロザリー様だとは信じられない思いでした。


 鍵盤奏者はロザリー様の両腕をつかんで上半身を持ち上げ、引きずり始めました。

「あの、どこへ……」

「ベッドに運ぶだけだよ」

 私は手を床について腰を上げました。

「私も……。私も行っていいでしょうか」

「別にいいけど。手は貸さないよ」

 彼はこちらへ目もくれずに答えました。

「構いません」

 私はふらつく足でなんとか立ち上がりました。そうしてロザリー様を追って、鍵盤奏者の家の奥へと足を踏み入れました。

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