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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
185/213

疾走

 私が牢獄から連れ出されたあの日にも、私はひたすらに歌っていました。突然に人の手が伸びてきて私の口の中に布を押しこめました。その上から細い布が巻き付けられて固く縛られました。私は度を失ってうめき、暴れました。

 気が付けば両脇には一人ずつ人間がいて、私の腕を押さえつけていました。息が苦しくて目がくらみました。心臓が空気を求めて耳元でドクドクと響きます。

 引きずられて牢獄から出されます。目の端でちらりとあの監視人の姿を捉えました。

「ホントにこの女、魔女なんすかねえ?」

「さあな。どっちにしろ、すっかり気が触れちまってる」

 両脇の2人が話しているのが耳に入りました。私は歌うこともできずに弱い声を漏らし続けました。


「哀れなモンっすねえ。イカレたあげく火炙りなんて」

「何もわかんねえうちに死ねるんだ。かえって幸せかもしれねえぞ」

 びくりとして首を振りました。言葉にならないうめき声をただあげます。

「聞こえてやがった」

 舌打ち交じりの声がします。

「どうします?」

「このまま連れてくぞ。逆らったところで、どうせ女の力だ」

 私は封じられた口で必死に訴えようとしました。あなたたちはロザリー様に私を解放すると約束したではありませんか。そんなにもあっさりと、約束を破るのですか、と。

 その言葉が届くはずもなく、私は眩しい太陽の下へと引きずり出されました。


 一面の光に視界を奪われました。がやがやとしたざわめきが耳を覆います。目を瞑っても、光はまぶたを透かしてなだれ込んできました。太陽から逃げるように顔をうつむけ、細く目を開けます。

 少しずつ周りの状況がわかりだしました。大勢の人が集まっているようです。そこは広場のようでした。その中央には奇妙な黒い柱が立っていました。

 私はその人の中へ連れて行かれました。私の両脇の男が周囲の人間を退けながら歩きます。侮蔑と好奇の視線が私の身を灼きました。罵声が石のように投げつけられました。


 黒い柱が近づいてきました。その根元には乾いた枝葉が積まれていました。火刑台だ、とその事実が頭の中に飛び込んできました。私はことさらに強くもがきましたが、手は緩められませんでした。

 がしゃりと金属音がしました。火刑台の柱と同じく黒い甲冑が立っていました。

「彼女を、こちらへ」

 兜の中からくぐもった声が聞こえました。左肩が彼に向かって押し出されました。けれども右腕は変わらずに強く押さえつけられていました。

「なんだ、お前は……?」

「陛下のご意向だ」

 甲冑の中からの言葉に、両側の男がびくつきました。私の腕を掴まえている右の男はなおも言いました。

「何も聞いてねえぞ。……胡散臭えな。お前、何者――」

 腕が一瞬折れそうなほどに強く握られ、突然離されました。衣服を赤黒く染めて倒れ込む男の姿を見たと思った次の瞬間には目まぐるしく世界が回って固いものがみぞおちの辺りに突き当てられました。腰にも圧迫が加わり、体を挟まれているように感じました。見えるものは地面と黒い金属でした。


 何が起きているかもわからないままに地面が遠ざかりました。不安定に体を揺らされて、喉の奥から刺激がこみ上げました。口に詰められた布のせいでそれを吐き出すこともできず、気持ち悪さにうめくしかありませんでした。

 いっそのこと気絶してしまえれば楽だったのでしょうが、耳元で鳴り響く金属音と断続的に与えられる衝撃が、私の意識を引き戻し続けました。


 次第次第にわかってきたのは、私が黒い甲冑の男に担ぎ上げられ、どこかへ運ばれているということでした。

 彼は屋根を伝って走っているようでした。突然に体にかかる力が強くなり、地面と見えていたものが途切れます。落ちる感覚がして強い痛みが私を貫きました。どこかからどこかへ飛び移ったのだとわかる頃には、体は既に別の場所へ運ばれていました。

 しがみつこうとしても枷をはめられたままの手では甲冑に届きません。私を掴まえているその腕が放されないことを願うばかりでした。

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