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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
183/213

虚ろ

【注意:グロテスクな描写があります】

 2つの足音が聞こえなくなって、年長の男は私に話しかけました。

「あれこれと話してくれてありがとよ。これから連れてきてやるよ、そのなんとかいうご主人様を」

「ええ、お願いします」

「おとなしく待ってろよ。お前らも来い」

 はじめから私についていた監視人を一人残して彼らは去って行きました。私はロザリー様のお姿を少しでも早く見ようと鉄格子に顔を押し付けました。


 監視人は椅子に座ってこちらを見ていました。

「あの……」

 私は彼に呼びかけました。彼はびくりと目を見開きました。

「何か……、飲みものをもらえますか……?」

 このようにかさついた声でロザリー様にお会いするのが恥ずかしく思えたのです。彼は少しためらった後、顎で牢の中を指しました。先ほど彼が運んできた食事が手つかずのまま置かれていました。

 そちらへにじり寄ってスープを口にしようとしました。手枷が邪魔でスプーンを手にすることができません。どうすれば良いのか少しの間思案した末に、両手で器を持ち上げ、その端に口を付けて飲みました。味が感じられるようなものではありませんでした。それでもとにかく喉を湿すことはできました。


 スープを飲み終えると監視人が声をかけてきました。

「おい……」

 彼はしばらく迷うような素振りを見せて、「皿は元のとこに置いとけよ」とだけ言いました。私は素直にそれに従って、再び冷たい鉄格子に顔を付けました。

 足音が聞こえだすと私はいても立ってもいられませんでした。固く手を握りしめて、ロザリー様のお姿を何度も何度も思い浮かべました。近づいてくる足音がひとつだけなのを訝しむことすらできませんでした。


 現れたのは、先ほどの年長の男でした。

「ロザリー様、ロザリー様は……!?」

 私が動くのに合わせて首の鎖が鳴りました。

「ほらよ、愛しのご主人様だ」


 目の前に突き出されたものが何か、しばらくわかりませんでした。赤黒く、片手に余るほどの大きさの、丸いような塊でした。上の方は黒い毛で覆われていて、その少し下、両脇には耳がついていて、それに気付くと鼻が、そして少し開いた口が理解できてしまいました。

 暑い太陽の下の記憶に頭を焼かれます。現実かその記憶の中のどちらかで男の声が聞こえました。


 なぜ何もおっしゃってくださらないのでしょう。なぜその赤く塞がれた目を開けてはくださらないのでしょう。なぜ……、なぜその首の下は空虚なのでしょう。お召しになっていた黒い外套は。剣を握っていらした手は。私を守ってくださっていた腕は。私を支えてくださっていた体は。


 全身の力が抜けて、私は石の床に崩れ落ちました。目の前はすっかりと闇に閉ざされてしまったのに、聴覚だけは男の嘲笑をとらえ続けていて、気を失うことができたのはずっと後のことでした。

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