破れ鐘
【注意:残酷・グロテスクな描写を含みます】
背を震わせて口から血を落とし続けるロザリー様のほかは、動くものは何もありませんでした。
ロザリー様はゆっくりと顔を上げられました。フードがずれてロザリー様の背中へ落ちました。露になったロザリー様のお顔に、私は息を呑みました。
「早く、してくれないか……。このまま、焼かれる、よりは、その、杭で……」
ロザリー様のお顔は赤くただれていました。乾いてひび割れた肌からは幾筋も血が流れ、あちこちがいびつに腫れ上がっていました。目ももうほとんど見えてはいらっしゃらないご様子です。
土を踏み、石が擦れる音が聞こえました。杭を持つ男が一歩ずつロザリー様に近づきます。私は自分ではどうすることもできないとわかっている悪夢を見るような、一枚隔てられた膜の外の出来事を見るような気持ちで、その男の歩みを見ていました。
「お前たちも行け。まだ油断するなよ」
私の隣に立っていた男が言います。喉元に刃物があることをこの時思い出しました。
2人の人間が杭の男に続くようにロザリー様に近づきました。
杭の男はロザリー様の後ろに、2人の人間はロザリー様の両脇に立ちました。
「最後に、ひとつ……。約束してくれないか……」
ロザリー様は口を開かれました。男たちの返事を待たずに続けられます。
「先ほども、言ったが……、彼女は、ただの、人間だ……。彼女は解放して、やってくれ」
「ロザリー様!」
このような時にまでどうして私などのことを気にかけてくださるのでしょうか。私の叫びにロザリー様は反応なさいませんでした。
「哀れな娘だ……。私が死ねば、暗示も、解けよう……」
ロザリー様が何をおっしゃっているのかわかりませんでした。暗示をかけられた覚えなどあるはずもありません。
「そうしてやろうじゃねえか、お前がおとなしくくたばってくれりゃあな」
吐き捨てるように杭の男は言いました。
「確かに、聞いたぞ……」
ロザリー様はそうおっしゃって首をうなだれさせました。
2人の男がロザリー様の肩を地面に押さえつけました。ロザリー様は抵抗もなさらずに地面に倒れました。そのように地に這いつくばるロザリー様を見たくはありませんでした。それでも私は目を離すことができず、すべてを見てしまっていました。
覚えているのは、途切れ途切れの光景です。光景は狂ったような鐘の音を伴っています。耳を塞いでも頭の中で鳴り響き続けます。それはもしかしたら人の叫び声に似ていたかもしれません。
ぎらぎらと光る杭が振り上げられ、ロザリー様の背中へ落とされます。ロザリー様のお体が大きく跳ねました。
引き抜かれた杭の先はぬらぬらと赤く、血が噴き出して、外套の黒さでも色を吸いきれません。
何度も杭が刺さり、ロザリー様の濁った声が、肉を貫く気持ちの悪い音が、耳から入り込んで頭の中を掻き乱します。
日光は血の色をしていました。ロザリー様が太陽に濡らされていきます。汗が私の髪を、背中を、じっとりと湿らせました。頭が割れるように痛みます。
ロザリー様が震えるように頭を持ち上げられました。腫れたまぶたの奥の目が動いて、私を見ます。
ロザリー様の唇が弱々しく私の名を呼ぶ形に動かされました。もう声には……、いえ、吐息にすらもなってはいませんでした。私をご覧になったままで、その口から夥しい赤さが溢れました。ロザリー様の目から力が失われ、頭が地に落ちました。
ロザリー様の体が痙攣しています。その動きが止まれば、ロザリー様は本当に死んでしまうでしょう。動いて、頭を上げてくださいと、私は全身全霊をかけて願いました。
大きく咳き込むような音がして、地面の血の色がまた濃くなりました。赤さを通り越して黒いほどでした。ロザリー様の伏すそこだけが夜の色でした。それを最後に、ロザリー様はぴくりとも動かれなくなりました。
赤黒く光を吸い込む地面。闇夜のように黒い塊。そこに突き刺さる、日光を束ねたようにぎらつく杭。色が、光が、目の奥を突き刺します。
破れ鐘の響きに頭ががんがんと痛みます。闇の中に逃げ込むように私の意識は暗く塗り潰されていきました。