仕立屋の夫人
「待たせたね、イラ」
ロザリー様が建物の軒下に入られます。
「ここ、なのですか?」
私はその建物の様子を振り仰ぎました。石造りの壁に重そうな扉が取り付けられています。扉に書かれた文字と、軒に提げられた装飾から仕立屋であるらしいことがわかりました。
「ああ、そうだよ。まずは中に入ろうか」
ロザリー様がぎい、と扉を押し開けられました。中は薄暗くはありましたが、外から見えるよりもだいぶ広いようでした。
お店の奥から軽い足音が聞こえてきました。
「ようこそいらっしゃいました、エインズワース様」
朗らかな声でした。現れたのは、黒髪を結い上げた年配の女性でした。
「ずいぶんと不沙汰をしてしまったね、テイラー」
ロザリー様はフードを脱ぎ、親しげにお話をなさいます。
「お変わりないようで何よりでございます。さて、こちらのお嬢様が……?」
「ああ、名はイラという。よろしく頼むよ」
突然私に話が移り、どきりとしました。
「イラお嬢様、今日はどうぞよろしくお願いいたします」
テイラーと呼ばれた黒髪の女性は、私に優しく笑いかけました。
「は、はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
これから何をすれば良いのかもわかりませんでしたが、私は慌てて挨拶を返しました。
「それでは、エインズワース様はどうなさいますか?」
「そうだな……、どこかいい場所はあるかい?」
「この隣のお部屋はいかがでしょうか? 狭くはありますが、ぴったりと日を遮ることができます」
「ありがたい。ではそこにしよう」
私は驚いてロザリー様と女性を見上げました。女性が私の様子に気付きました。
「お嬢様、私はエインズワース様が魔の者であることを存じ上げているのですよ。……お聞きではありませんでしたか?」
「ああ、テイラー。実は今日ここに来ることも彼女には秘密にしてあったんだ」
ロザリー様がおかしそうに笑っていらっしゃるのがわかりました。テイラー夫人は「ほんとうに、相変わらずですこと」とほんの少し眉を下げて笑います。
「それではお嬢様、奥へご案内いたします。エインズワース様は隣の部屋でお待ちくださいませ。大したおもてなしもできませんが、後ほど何かお飲物でもお持ちしましょう」
「お願いするよ。ではイラ、行っておいで」
「はい、ロザリー様」
まだ不安を拭いきれてはいませんでしたが、ロザリー様がテイラー夫人と親しくなさっているご様子を見ていたので、彼女に対する怖れはありませんでした。
テイラー夫人の後について、お店の中を奥へと進みます。閉め切っているので薄暗くはありましたが、清潔で、しっとりと落ち着けるような雰囲気でした。
「変なことをお訊きしますけれど……、イラお嬢様は、その、魔の者ではありませんのね?」
テイラー夫人が私の方を振り返りました。
「はい、私はただの人間です」
テイラー夫人は大きく頷きました。
「お日様の光を遮る格好をしていませんものね。エインズワース様とはどのくらい長く一緒にいらっしゃるの?」
「きちんとは思い出せないのですが……、幼い頃、メイドの仕事ができるようになって間もなくから、ロザリー様にお仕えしています」
そこまで言うと、テイラー夫人は歩調を緩めて目をぱちくりさせました。
「どうかなさいましたか?」
「いえね、エインズワース様からはあなたのことを、養女だと紹介されていたものですから」
ひどい失敗をしてしまったように思いました。私はしどろもどろになりながら答えます。
「その……、街へ行く時には親子ということにしていただいているのです。そちらの方が自然だから、と。お屋敷にいる時にはメイドとして置いていただいています。テイラー夫人がロザリー様とお親しいようでしたので、つい……」
「責めているわけじゃありませんよ。あなたが実際に何であれ、エインズワース様から養女だとご紹介を頂いた以上は、私はあなたのことをご令嬢として扱いますからね」
私を安心させるように力強くそう言って、テイラー夫人は廊下の奥の扉を開けました。