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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
179/213

「……おい」

 無遠慮な声がロザリー様へぶつけられます。これまで聞いた中で、いちばん若い声でした。

「コレを見ろよ、吸血鬼」

 私からはそれが何かは見えませんでした。ロザリー様はフードをかすかに動かされ、「杭……か」とおっしゃいました。

「ああ。わざわざ銀にしてやったんだ。ありがたく思えよ」

 背筋がぞっとしました。慌ててそれを確認しようと身をよじります。浅く喉元の皮膚が切れる痛みが走りました。体を押さえつける力がますます強められました。


「なるほど……、それが銀か」

「見たことなかったのかよ? いい機会だろ、よく目に焼き付けとけよ」

 嘲りが込められた口調でした。ロザリー様は彼の手元を改めてご覧になりました。

「もう充分に見たさ。君たちのような者には過ぎた買い物だということもわかる」

 ロザリー様は喉の奥で笑い声を発されました。途中でひどく咳き込まれます。地面に赤い飛沫が落ちました。

「うるせえよ、化け物が貴族面しやがって」

 銀の杭を手にしているという男は一歩ずつロザリー様に近づきました。ぎらりと光るものが私にも見えるようになりました。


「ああ、なかなかに大きいようだね。重いだろうに、君に取り扱えるのかい」

「こちとら毎日農具振ってんだ。てめえらと一緒にすんなよ」

「それは失礼……。農民などという人間には、縁がなかったものでね……」

 ロザリー様の挑発的なお言葉に、私ははらはらするばかりでした。ロザリー様はもはや、今にも倒れ込みそうに胸に手を当てて、ぜえぜえと湿った呼吸音を漏らされています。その一方で杭の男は怒りをみなぎらせて足を速めます。


 杭がぎらりと太陽の光を跳ね返したのが見えて、私は再び叫びました。

「お逃げください、ロザリー様! お願いです! ロザリー様、私はどうなっても構いませんから、ロザリー様は!」

「イラ!」

 そのお声はこれまで掠れていたのが嘘のように澄んでいました。その強さに私だけでなく、人間たちも動きを止めました。


 何度か咳き込まれ、口の端から赤い血をこぼして、ロザリー様は続けられました。

「……言ってみたまえ。この屋敷の主は誰だ」

 声は再び嗄れたものとなっていました。私はおそるおそる「ロザリー様でございます……」とお答えしました。

「君はただのメイドだ。そうだな」

 強い口調に頷きました。嘘はつけませんでした。

 ロザリー様は厳しさを緩めないままに私を見据えました。

「人間風情、それも使用人がこの私に指図するとは、思い上がりも甚だしい……。黙っていたまえ」

「しかし、ロザリー様――」

「聞こえなかったか? 命令だ、黙れ」

 ロザリー様からこれほどまでに高圧的なお言葉を向けられたのは初めてでした。私はそのことに純粋に傷付いてしまいました。口もきけずにいると、ロザリー様は視線を私から逸らし、杭の男へ向けました。

「すまない、不出来なメイドが時間をとらせた。……構わず、続けてくれ」

 ロザリー様の膝ががくりと折れました。私は思わず悲鳴をあげました。

 ロザリー様は胸を押さえてうずくまり、笛の音のような細い呼吸をされています。地面にぽたぽたと血が垂れました。

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