血の味
ロザリー様はその言葉を聞いても落ち着き払った態度を崩されませんでした。
「それならば狙いは私ひとりだな。彼女は、私が森で拾ってきた人間だ。ただ、身の回りの世話をさせるために側に置いているだけだ。……血を吸うのにも都合がいい」
そのお声が少しずつ嗄れていっていることに気が付きました。強すぎる太陽の光がロザリー様の喉を焼いているのでしょうか。
「ロザリー様、お逃げください! 私のことなど構わず……」
「黙ってろ!」
再び脇腹を蹴られました。私はなんとか声をあげるのをこらえました。
「……これ以上、彼女に手を出すな。君も同胞を傷付けた罪を負うことになるぞ」
ロザリー様は鉄の剣の切っ先を、私に刃物を突きつけている男に向けられました。男の手が脅えたように震えるのがわかりました。
「お前が少しでも俺たちに歯向かえば、この女を殺す」
「……ああ、わかった」
ロザリー様の手が下ろされました。
「おい、そいつをこっちへよこせ」
ロザリー様は何もおっしゃらずに剣を手放されました。鈍い音がして土ぼこりが立ちました。
耳元で嫌な笑い声が聞こえます。
「化け物のくせに物わかりがいいじゃねえか」
「この状況がわからないほど耄碌してはいないさ。……いつかはこのような日が来るとは、覚悟していた」
ロザリー様のお声には空気の漏れるような苦しげな音が交じりました。
「ずいぶんとあっけねえもんだなあ、おい」
後ろから嘲笑が飛びます。怒りに振り向こうとすると「おっと、動くなよ」と体をいっそう強く締め付けられました。
私のせいでロザリー様が日光に晒され、窮地に立たされていることに、私はほとんど絶望していました。
せめて私がいなければ、ロザリー様だけならば、彼らを返り討ちにするなり暗いお屋敷へ逃げるなりしてこの状況を脱することができるでしょう。それならば舌を噛んで死のうと決意しました。
硬い歯で舌を挟みます。夏の日差しは強く、体は汗ばむほどなのに歯が震えました。心の中で何度もロザリー様の名をお呼びしました。
「イラ……」
静かなお声に思わず目を向けてしまいました。ロザリー様は私が何をするつもりか、すっかり見通されているようでした。
やめておくれ、と吐息だけでロザリー様はおっしゃいました。その後に続けられた唇の動きは「助けに行くから」だったと思います。
ロザリー様の唇は日光でひび割れていました。私は迷いながら首を横に振りました。
ロザリー様はなおもまっすぐに私だけを見ていらっしゃいました。
頬を涙が伝うのがわかりました。涙はすぐに乾いて、ひんやりした感触を一筋だけ残しました。ロザリー様は口元にほんの少しだけ笑みを浮かべられました。
口の中に広がる血の味を、私は飲み下しました。