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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
177/213

強い日差し

 暑い……、暑く眩しい夏の日に、ロザリー様と私の、お屋敷での穏やかな暮らしは跡形もなく砕かれました。

 このことを書こうとすると、今でも手が震えます。けれども、この手記はロザリー様に関することを全て書き留めておこうとして始めたものですから、このことも残さず記してしまいましょう。

 ロザリー様は真剣に否定してくださいますが、あれは私が招いてしまった災禍でした。


 私はアザミに包まれた暮らしの中で、訝しみ異変に気付くことをすっかり忘れ去っていたのでしょう。あの日にお屋敷に食物を届けにきた商人は、いつもとまったく変わらないように見えました。

「いつもありがとうございます」

 彼は野菜の束や大きな袋を運び込んでそう言いました。私はお礼を言って、卵の籠を戸棚に置こうと、彼に背を向けました。

「すみませんねえ……」

 そう聞こえたかと思うと突然目がくらみました。頭の痛みを把握したのは床に倒れた後でした。すぐ目の前で割れた卵の中身が飛び散っていました。片付けないと、と、ただひたすらに考えていたのを今でも不思議と覚えています。


 気を失っていたのかもしれません。気付いた時には、両腕を持ち上げられて勝手口から外へと引きずられていました。周りで何人もがうるさく怒鳴り立てていました。強い日差しが目に刺さるようでした。

 ばたばたと足音を立ててお屋敷の中へ踏み入る人間の背中が見えました。私は彼らを止めようと叫びました。自分の声が痛む頭に響きました。

 逃れようともがいても、固い羽交い締めは解けませんでした。横から男性の声がしました。

「黙れ!」

 お腹を殴られたようで息が詰まりました。思わず身を折ろうとしましたが、腕を強く引き上げられてそのままの体勢を強いられました。

「おとなしくしてろよ、この魔女」

 ぎらりと光るものが目に入りました。それが何かを見てとる間もなく、喉元に圧迫を感じました。冷たい感覚がして、刃物を突きつけられていることを悟りました。


「……おせえな」

 舌打ちまじりの声がしました。私を捕まえている人間と刃物を突きつけている男のほかに幾人がいるのかはわかりませんでしたが、その汗と熱気がひたすらに不快でした。

 お屋敷の中から足音が聞こえました。とても聞きなじみのある音を立てて、着実にこちらへ向かっていました。私は必死で暗いお屋敷へ向かって叫びました。

「だめ、だめです! いけません、来ては――」

 脇腹に衝撃が走り、声が止まりました。浅い息で痛みをこらえている間になおも足音は近づきます。私は顔を上げて、ただ首を振りました。


 ロザリー様は黒く厚い外套で頭までをしっかりと覆われていました。手袋をはめた手には血に濡れた鉄の剣が握られています。

「おいでなすったな、薄汚い吸血鬼が」

「彼女に何をしている」

 ロザリー様のお声はそれだけで夏の太陽を翳らせるかのようでした。フードの下からでも怒りに満ちた冷たい眼差しがわかりました。

「動くなよ、動いたらこの女を殺す」

 刃物が肌に食い込みました。ずっと肌に当たっていたせいか、冷たさは感じませんでした。


「……目的はなんだ」

 ロザリー様はゆっくりとおっしゃいました。

「決まってんだろ」

 答えは嘲るような声音でした。

「吸血鬼狩りだ」

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