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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
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報復と報復

 お屋敷の中の暮らしはそのように穏やかに過ぎていくはずでした。外とはほとんど隔絶されていたのに、なぜ森の周りに住む人間たちは、ロザリー様と私のことを放っておいてはくれなかったのでしょうか。

 ある秋の日に畑に出て、そろそろ人参を収穫しようかと考えていた時、外から何かが飛んできて地面に落ちました。その音に振り返ってみましたが、何かはわかりませんでした。


 立ち上がって柵の外をうかがおうとすると、また投げ込まれるものがありました。それは手の中に隠しておけるくらいの大きさの石でした。

 ぞっとしてしまって私は立ち尽くしました。塀の外が無言なのも不気味さを際立たせていました。

 その日はそのままお屋敷の中へ戻りました。

 口にすればこの出来事を認めてしまうことになりそうで、私はロザリー様にご報告することができませんでした。


 この一度だけならばまだよかったのですが、数日おきに石は投げ込まれ続けました。入ってきた石は畑仕事の邪魔にならないように勝手口の扉の脇に集めておきました。

 私は畑に出ていることが知られないようにできるだけひっそりと出入りし、外で歌を歌うこともやめました。野菜の世話や収穫が終わるとできるだけ急いでお屋敷の中へ戻りました。

 それでも私が畑にいる間に人間がやって来ることは避けられませんでした。


 憂鬱な気分で地面に散ったライラックの葉を掃いていた日、やはり石が飛んできました。そのひとつが肩に当たり、思わず声が出ました。わずかに様子を探るような沈黙がありました。いきなり石が一斉に投げ込まれました。

 石はライラックの枝葉を鳴らしました。身をかがめましたが、いくつかは体をかすめ、ひとつは頭の横にぶつかりました。

 頭を抱えてうずくまっていると、次第に攻撃は収まっていきました。ライラックを揺らす石が収まったのを見計らってお屋敷へ逃げ込みました。


 恐ろしくてもう黙ってはいられませんでした。私は夕方起きていらしたロザリー様に、声を震わせてお話ししました。

「そうか……」

 ロザリー様は私の背中を何度も撫でてくださいました。

 ようやく私の気持ちが穏やかになり、さらに長い時間をとった後で、ロザリー様は静かに私にお尋ねになりました。

「イラ。君は……、彼らへの復讐を望むかい」

 私はとっさにお返事をすることができませんでした。


 その次の日から、私は日が沈んだ後に畑に出るようになりました。ロザリー様が見守っていてくださる時にだけ、私は以前のように楽しく花や野菜の世話をすることができました。

「夜目が利かないと不便だろう。何か手伝うことはないかい」

 そうおっしゃってロザリー様は草取りなどを一緒にしてくださいました。畑を歩いては植物に水をやるロザリー様のお姿は、まるで幼い頃に見た夢の続きのようでした。

 時には昼のうちに石が投げ込まれた痕跡が残っていました。石を片付ける私を、ロザリー様はじっとご覧になっていました。


 そうして気付けば、畑に石が投げ込まれることもなくなっていました。

 私はお昼に土いじりをすることにしようかと考え始めていました。しかしロザリー様はそれを穏やかに拒まれました。

「私は君の、畑を慈しむ表情がとても好きなんだ。暗くて作業もしにくいこととは思うけれど、私のためと思ってこのままでいてくれないかい」

 畑に向かっている時の顔は全くの無意識のもので、そのお言葉にはとても恥ずかしくなってしまいました。とはいえ嬉しくないはずもなく、私の方こそロザリー様と共にいられるのは幸せなことでしたから、畑に出るのは相変わらず日が落ちてからとなりました。


 ロザリー様は私に対してはいつもにこにこと笑っていらっしゃいました。そのために私は、ロザリー様が夜中のうちに何をなさっていたのかも、森の外でどのような思惑が渦巻いていたのかも知らず、おとぎ話のような小さな世界の中で幸せに暮らせていたのでした。

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