手痛い教訓
「今の状況を理解できたようだね。さて、それでは誰からいただくことにしようか」
ロザリー様はゆっくりと椅子から立ち上がり、歩き出されました。誰かが息を押し殺すようにして泣き出しました。泣き声はほかの2人にも伝染したようでした。
静かな足音を立ててロザリー様は子供たちの周囲をぐるりと巡られました。時折立ち止まられたり「ふむ……」と声を漏らされたりするたびに、ロザリー様の近くに横たわっている子供がびくりと身じろぎしました。
「こうして見ているだけでは判断しがたいな。やはり味見をしてみないと」
ロザリー様はひとりの子を見下ろして膝を折られました。その子は喚き、ロザリー様の視線から逃れようと暴れだしました。
「まだ殺そうというわけではないよ。静かにしたまえ」
ロザリー様は膝でその子の体を押さえつけ、右の手のひらで口を塞がれました。そうして左手でその子の縛られた腕を持ち上げて鋭い歯を立てられました。血を吸われている最中、その子供の体は恐怖にがたがたと震えていました。
「……なるほど、次だ」
ロザリー様は3人の子供たちの血を順々に吸われました。その光景には私も思わず背筋がぞっとするようでした。
3人目の血を吸い終えて、ロザリー様は立ち上がって指先で唇を拭われました。再び足音を鳴らされて、革張りの大きな椅子におかけになります。
「なかなかに難しいところだな。子供だけあって、まだ血が未熟でこなれていない。とはいえせっかく君が連れてきてくれた獲物をみすみす逃すというのも惜しい。私のかわいいしもべよ、どうしたらいいだろう」
私は少し腰を屈めてロザリー様へ顔を近づけ、「このままこの広間に閉じ込めておいてはいかがでしょう、御主人様」と決めていた台詞を口にしました。
「必要ならば、私が世話をいたしましょう。彼らが成長しましたらお召し上がりくださいませ」
3人の子供たちは絶望を瞳に浮かべて私を見上げました。
「ふむ、よい考えだ。けれども育ちきるまでが手間だな」
ロザリー様は頬杖をついて考える格好をとられました。子供たちはもうすっかりと静まり返っていました。
「よいことを思いついたよ」
沈黙のとばりを破ってロザリー様はおっしゃいました。
「ここは一度、彼らを帰してしまおう」
「よろしいのですか、御主人様」
3人の男の子は目を見開きました。
「ああ。彼らの血の味は覚えた。どれだけ時間が経ち、どれだけ遠くへ行こうとも嗅ぎ当てられるさ」
「お言葉ですが、御主人様。彼らを帰せば人間に私たちのことが知れてしまうのではございませんか」
ロザリー様はくくっと喉の奥で笑い声を出されました。
「今回は好都合なことに、3匹も人間が捕まえられたからね。君たちのうちの誰かひとりでも私たちのことを明かすようなことをすれば、皆まとめて血を吸ってしまおう」
続けてロザリー様は詩か格言を読むような調子でおっしゃいました。
「君の友人が大切ならば、口を固くつぐんでおきたまえ。自分の命が大切ならば、友人をよく見張っておきたまえ」
わかったね、とロザリー様が子供たちに言うと、彼らは必死で頷きました。
「それでは縛めを解いてやってくれ」
私はダガーを握りしめて足を踏み出しました。順々に彼らの手足の布を切っていきます。冷たい刃の感覚に彼らの体が震えるのがわかりました。
彼らが脅えながらも身を起こして座るのをご覧になって、ロザリー様は口を開きました。
「立ちたまえ。彼女が屋敷の出口まで案内する」
私は広間の扉を開けました。子供たちはよろよろと立ち上がりました。
3人の男の子の後ろにロザリー様が続きました。背後をびくびくと気にしながら、子供たちは廊下を歩き、玄関ホールへたどり着きました。
私が玄関扉に手をかけた時、ロザリー様のお声がしました。
「帰り道は知っているね。くれぐれも、死ぬまで約束を忘れるのではないよ」
ぎい、と玄関扉を開けました。子供たちは一歩、二歩と屋敷の外へ足を踏み出し、間もなく転げるように森の中へと消えていきました。
「彼らがきちんと家までたどり着けるかどうか見てくるよ」
子供たちの姿が見えなくなった後、ロザリー様はそうおっしゃって外套に袖を通されました。
「お気を付けて、ロザリー様」
私は扉を開けてロザリー様をお見送りしました。
お芝居の後始末をしているうちにロザリー様は帰っていらっしゃいました。
「イラ、彼らは無事に帰り着いたようだ」
「それは何よりでございます」
「慣れないことはするものではないな。疲れてしまった」
ロザリー様はため息をつかれました。
「それは、恐ろしい振る舞いをすることでございますか?」
「いや」
首を横に振られて、ロザリー様は続けられました。
「子供の相手さ」