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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
170/213

 彼らの相手をしているうちに、ロザリー様の足音が聞こえました。内心疲れきっていた私は安堵しました。男の子たちはその音に気付いた様子もなく喋り続けています。

「アイリスはどうして、こんなところに住んでるの?」

「当主がここにいらっしゃり、お屋敷がここにあるからでございます」

「じゃあ、そのトーシュはどうして――」

 ちょうどその時、お屋敷の当主ことロザリー様が食堂の扉を開けて姿を現されました。子供たちは驚き、ぴたりと話を止めました。

「おはようございます、御主人様」

「ああ、おはよう。賑やかだと思ったら客人がいたのか。何もない屋敷だけれど、くつろいでいってくれ」

 穏やかなお話しぶりに男の子たちがほっとするのがわかりました。

「もうこのような時間だし、夕食を食べていくといい。君、支度を頼む」

「かしこまりました」

 ちらりと様子をうかがうと、「夕食」という言葉に彼らは不安と驚きの入り交じった表情を交わしていました。私は知らぬ顔をして台所へ入り、いつもより多い夕飯の準備を始めました。


 夕食はいつもより少し豪華にしました。今晩はロザリー様も調香のお仕事をなさらないことがわかっていたので、香りのよいハーブもたっぷりと使いました。

 お皿を食堂へ運ぶと、子供たちはまだ帰らずに椅子に座っていました。ロザリー様とお話をしていましたが、私と話している時よりも緊張の色が濃いようでした。

「お食事をお持ちいたしました」

「ああ、ありがとう」

 私は配膳を済ませて2皿目、3皿目の用意をするために台所へと下がりました。食堂から食事をとる賑やかな音が聞こえてきました。

 お茶やお菓子を先に食べていたというのに男の子たちは旺盛な食欲で皿を空にしていきました。私はその驚きを押し隠し、努めてメイドらしく振る舞っていました。

 最後の一皿を出した後に、私は牛乳と卵を混ぜて甘くした飲み物を用意しました。そうして3つのカップにほんの1滴ずつ、眠気を誘う水薬を垂らしました。

 少し頭をぼんやりとさせられればと考えてのことでしたが、思っていた以上に効果が強く、子供たちはカップを干してしばらく経つと、椅子の背や机にもたれかかるようにして眠り込んでしまいました。


 ロザリー様は彼らを広間へ運び、跡が残らないよう柔らかい布で手足を縛りました。

「さて、吸血鬼としての威厳を出しておかなければね」

 そうおっしゃってロザリー様は、以前に肖像画を描いてもらった時に私が座っていた革張りの椅子に深くおかけになりました。窓を背にして座るそのお姿の優美な冷たさは、思わず見とれてしまうほどでした。

「イラ、君のほうの支度も整ったかな」

「はい、ロザリー様」

 私は鋼のダガーを確かめました。

「少し窓を開けておくれ。夜風に当たれば彼らも目が覚めるかもしれない」

 私はロザリー様がかけていらっしゃる椅子の後ろの窓を開けました。冷えた風が木の葉とともに吹き込んできました。

 ロザリー様のかけていらっしゃる椅子の傍らに立ち、私は彼らが起きるのを待ちました。


 やがてかすかな声とともに、ひとりの男の子が目を覚ましました。彼は硬い床の感触と縛られた手足に戸惑い、ほかの2人を大声で起こしました。子供たちはみな目覚め、混乱してもがき、最後にロザリー様に気付きました。

「やあ、目は覚めたかな」

 ロザリー様は先ほどまでとまったく変わらない優しい声音で問いかけられました。

「なっ……、なんだよ、これ……!」

 噛み付くように言う男の子をロザリー様は微笑んで見下ろされます。

「久しぶりの獲物に逃げられては困るからね。幼く肉の柔らかい人間が3匹か。よく捕まえてくれたね、褒めてあげよう」

 ロザリー様は私の手の甲に触れるか触れないかの口づけをなさいました。

「恐れ入ります、御主人様」


「アイリス!」と私を呼ぶ子供の声がしました。

「そのような名前で呼ばれていたのかい?」

 ロザリー様は芝居がかった様子で眉を上げられました。

「生憎と、彼女は私の忠実なしもべでね。甘い花の香りでこの屋敷に人間を呼び寄せてくれる」

 子供たちはアイリス、と口々に助けを求めます。少しばかり胸が痛みましたが、ロザリー様は彼らを傷付けるおつもりはないと知っていたので、私は何の反応も示しませんでした。

「まだ彼女に救いを求めるのかい? ほら、君の手にしているものを見せてやるといい」

 私はゆっくりと鋼のダガーを鞘から引き抜きました。燭台の光が鋭く跳ね返されました。刃を目にした子供たちは息を呑んで黙りこくりました。

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