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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XIII 白日
169/213

アイリス

 10日も経たないうちに、その子は再びお屋敷の近くへやって来ました。私は気付いていない風を装って花に水をやっていました。

 ロザリー様が予想なさった通り、彼は同い年くらいの男の子を2人連れてきていました。木の陰でこそこそと何事かを言い合っています。

 私は水まきを終え、バケツに残った水を高く放りました。

「わわっ!」と驚いた声がします。そこで初めて彼らに気付いたという顔をして、私はそちらを向きました。

 思った通りに、彼らはバケツの水を浴びたようです。中でも先日見かけた濃い色の髪をした男の子は頭からぽたぽたと水を垂らしていました。


「まあ、ごめんなさい!」

 私は彼らに駆け寄りました。彼らはこちらを覗いていたのが後ろめたくなったのか、口の中でもごもごと何事か言って後ずさりました。

「ごめんなさい、すっかり濡らしてしまいましたね。拭くものをお貸ししますから、中へどうぞお入りください」

 子供たちは顔を見合わせて、どうするか探り合っているようでした。私は前もって準備していた通りに彼らを後押しする言葉を発しました。

「お詫びと言うわけではありませんけれど、おいしいお茶やお菓子もございます。いかがでしょう?」

 私は玄関から彼らを招き入れました。そうして玄関扉に閂をかけました。 


 食堂へ子供たちを案内します。彼らは窓の閉め切られた静かなお屋敷を落ち着かない様子で見渡していました。

「おかけになって、少々お待ちくださいませ。すぐにお茶とお菓子を……、いいえ、その前に乾いた布をお持ちしますね」

 清潔に乾いた木綿の布を彼らに手渡して台所へ戻りました。お湯を沸かす間に勝手口の扉も固く閉ざしておきます。


 蜂蜜を入れた花の香りのお茶や、焼き固めて味をなじませておいた果物入りの焼き菓子などを振る舞うと、彼らの警戒も解けたようでした。

「このお屋敷に人が来るのは久しぶりでございます。小さなお客様、どうぞごゆっくりお過ごしくださいね」

 私は子供たちに微笑みかけました。


 お腹が落ち着くと、子供たちは口々に私に話しかけ始めました。私はその勢いに内心困惑しながらもひとつひとつ答えました。

「さっき水をやってたのは何?」

「アイリスでございます」

「お姉さんはなんていう名前なの?」

「私は、ただの名もなきメイドでございますよ」

 名前を明かさないというのは、ロザリー様と決めていたことでした。ええー、という訝しげな声を聞き、私は「名前がなければ不便だというのなら、アイリスとお呼びくださいませ」と告げました。


 頃合いを見計らって食べものを出し、子供たちを引き留めました。日光が入らないように窓を閉め切っていたことが、彼らの時間の感覚を狂わせるのにも一役買ってくれたようでした。

「アイリスはひとりで暮らしてるの?」

「いいえ、あとひとり……、お屋敷の当主がいらっしゃいます」

「その人は? 今はいないの?」

「ええ、今はまだお休みになっていらっしゃるかと……」

 寝坊だなあ、とひとりの男の子が呆れたように言いました。私は何も言わずに口元で笑いました。

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