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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
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人から星へ

 それ以降は満月の夜を避けて森へ行くようになりました。夜空一面に輝く星も、円い月に負けず劣らず美しいものでした。

 星のそれぞれが違う色や大きさ、輝きを持つことを私は改めて知りました。

 連なる星々や幻のように通り過ぎる流れ星を見ては、私は昔に読んだ物語を思い出しました。神々や天上の動物たちの言い伝えを重ね合わせると、夜空はいっそう生き生きと輝いて見えました。


「……死んだ人間は星になるのだと、聞いたことがあるよ」

 ロザリー様は星空を見上げてぽつりと漏らされました。

「そうなのですか……」

 私はこれまでに別れを告げた人たちのことを思い返しました。幼い私をお城に置いてくれた王に、テイラー夫人――そう、彼女はドロシーという名前でした――、そのご主人、そしてアリス。

 私は夜空に目を凝らしてそのひとりひとりを探しました。


「ロザリー様、それでは、あの星はきっとアリスでございます」

 天高くに輝いているオレンジ色の星を私は指差しました。

「どれだい?」とロザリー様は私に顔を近づけられました。

「あのひときわ明るい、オレンジ色の――」

 説明を申し上げると、ロザリー様も「ああ、私にもわかったよ。確かに彼女のように快活な星だ」と頷いてくださいました。


「人間が星になるというのなら……、星が人間として生まれることもあるのでしょうか」

 私はふと思いついたことを申し上げました。

「それは考えたことがなかったな。そうだとしたら、またこの地上で言葉を交わすことができるかもしれないね」

 ロザリー様の穏やかな声音に、久しぶりに鼻の奥がつんと痛くなるような寂しさを感じました。アリス……と心の中で呼びかけて私は涙をこらえました。

「もしかしたら流れ星は、星が人間になるために降りてきているのかもしれませんね。アリスの星も、きっと、いつか……」

 ロザリー様は私の肩を抱いて、耳元で私の名をささやかれました。

「私たちの前には永い時間がある。胸を焦がして待つよりも、ゆっくりと見守っていよう」

「……はい、ロザリー様」


 ロザリー様と身を寄せ合って流れ星を待っているうちに、ついうとうとと眠ってしまうこともありました。そのような時には、ロザリー様は私を静かにお屋敷まで連れて帰ってくださいました。

 翌朝に自室のベッドの中で目覚めると、森で過ごした時間は夢の中の出来事のように思えました。けれども食堂へいらっしゃるロザリー様の悪戯っぽく優しい瞳を見て、ロザリー様と私が昨夜同じ時間を過ごしたのだと、確かに感じることができました。

 時々はロザリー様の腕の中で目を覚ますこともありました。私が身じろぎしてロザリー様をお呼びすると、いつも「起こしてしまったかな。もうすぐ屋敷に着くよ」と語りかけてくださいました。


 ロザリー様にも内緒のことですが、一度だけ、眠っているふりをしてみたことがあります。理由といえば、ただ静かにロザリー様の腕に抱かれる心地よさを感じていたいという単純なものでした。

 ゆっくりとお屋敷の扉が開けられ、ロザリー様は石造りの床を足音を立てないよう慎重に歩かれました。

 軽い音とともに、今度は私の居室の扉が開いたようでした。

 ロザリー様はまず私の上半身をベッドに横たえられました。私は起きていることを知られないよう、内心で緊張しながら身を委ねていました。

 小さく物音がして、ロザリー様は私の足を両手で包まれました。優しい手つきで靴が脱がされます。目を閉じて何も見えない分、そのくすぐったさは敏感に感じられてしまいました。私はほとんどあらん限りの忍耐力で動かず、声を出さずにいました。

 両の靴が脱がされて、脚もベッドの上へ持ち上げられました。

 ぱさりと布の擦れる音と共に柔らかな毛布が舞い降りてきました。まだ温もりはありませんでしたが、その優しい感触に心が安らぎました。


 ロザリー様が部屋を出て行かれるのを、穏やかな寝息を思ってゆっくりと呼吸をしながら待っていました。ロザリー様の指が私の額にかかる髪をそっと横に払われたのがわかりました。

 息を吸って吐くほどの間があって、額に冷たい口づけが落とされました。私は高鳴りそうな胸を押し殺すように眠ったふりを続けました。

 摺り足のようなささやかな足音でロザリー様は部屋を去られました。

 ロザリー様を欺いてしまったことの罪悪感と口づけを頂いたことでの高揚とで、心臓はうるさいほどに音を立てていました。すっかりと目が冴えてしまい、結局朝が訪れるまで一睡もすることはできませんでした。

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