落ち葉の下に
夜の森は優しくロザリー様と私を包み込んでくれました。暗くて足元が悪いという理由をつけて、ロザリー様にいつもぴたりと寄り添って歩いていました。
何度か森を訪れる中で、一度だけ恐ろしい目に遭ったことがありました。
それは秋の冷たい満月の夜のことで、ロザリー様と私は金色に輝く葉をふかふかと踏みながら歩いていました。歩む先には太い枝が張り出していて、そこから蔦が垂れ下がっていました。
「イラ、少し待っておいで」とロザリー様はその蔦を払おうと足を進められました。
長い蔦を枝にかけて、なおも垂れた長さをちぎりとるロザリー様を見ていた私は、足元に伸びる手に気付きませんでした。
がさりと落ち葉がこすれる音がして、その中から飛び出した固い骨の手が私の足首を掴みました。
それを目で見た瞬間に膝の力が抜けました。悲鳴を上げる間にも、その亡霊は土の中から這い出そうとしていました。
「イラ!」
ロザリー様が銀の剣を抜いて駆けていらっしゃいました。その刃の輝きを見て、自分も純銀のダガーを持っていたことを思い出しました。
恐ろしさに震える手でダガーを取り出し、鞘から引き抜きます。両手でしっかりと柄を握って亡霊の頭にその刃先を目一杯の力で突き刺しました。
まるで焼きたてのパンを切るかのようにあっけない手応えでした。ほとんど抵抗も感じられず、刃が触れたところから亡霊はみるみるうちに灰となっていきました。
勢い余って前にのめった顔に灰がかかり、ダガーを握ったまま思わず咳き込みました。
ざくり、と音がしてロザリー様の銀の剣が地面に突き立てられました。ふくらんでいた落ち葉の山が小さく萎みました。
「イラ、大丈夫かい。怖い目に遭わせてすまなかった」
ロザリー様は私に手を差し伸べてくださいました。その手を取る前にふと足首を見ると、手の形に灰が付いていて、私はぞっとしてそれを払い落としました。
立ち上がり、ロザリー様の胸に縋らせていただこうと体を傾けました。ロザリー様は片腕で私を抱きとめながらもう片方の手で私の手首を掴まれました。
「悪いけれど、手にしているものをしまってくれるかい。私にとってもそれはなかなかに恐ろしい」
私は慌ててロザリー様から離れました。握ったままだったダガーを鞘に納め、再びきっちりと布で巻きました。
純銀の輝きが隠れると、ロザリー様は改めて私を抱きしめてくださいました。
「イラ……。しばらく何事もなかったから私も油断してしまっていたようだ。少しの間とはいえ、君の側を離れるのではなかった」
「ええ、ロザリー様。ずっと……、ずっと隣にいさせてくださいませ」
「歩けるかい」
「はい」
ロザリー様はお屋敷までの道をゆっくりと歩まれました。
「ロザリー様」
私はそのお背中に呼びかけました。
「なんだい、イラ?」
ロザリー様は軽く私を振り向かれました。
「その……、また私を森へ連れて行ってくださいますか?」
さくりさくりと地面を踏む音が数回鳴りました。
「……君が、そう望むのなら」というのがロザリー様からのお返事でした。