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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
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月光と白い花

 ロザリー様はお屋敷の周りの畑をだんだんと大きくしてくださいました。同じ土で作物を作り続けると土地が痩せてしまいますから、私は年ごとに順を巡るように畑を休ませながら野菜や花を育てました。


 街が平穏を迎えたことと、長年にわたってロザリー様がお仕事を続けられてきたこととで、森の亡霊はほとんど姿を消したようでした。

「イラ、君に夜の森を見せてあげよう」

 ロザリー様は月の明るい晩にそうおっしゃいました。

「ロザリー様、お気持ちはとても嬉しいのですが、その……」

 昔の記憶が返事をためらわせました。

「もちろん私がずっと君を守っているさ。けれどもそうだな、用心のために君も純銀のダガーを持っていくといい」

 私は純銀のダガーを鞘ごと布にくるんで持っていきました。


「側を離れずに私の腕に触れておいで。君の存在が感じられれば、私も安心だ」

 私は夜会や音楽会でエスコートを受けるように、ロザリー様の右腕に軽くつかまって歩きました。

 夜の森は静かでした。ロザリー様と私が地面の枝葉を踏む音や頭上で木の葉が風に揺られる音が響きました。

  息を吸い込むと、緑と土の匂いが鮮やかに感じられました。

 森に立ち入ったはじめこそ辺りをびくびくとうかがっていましたが、悠然と歩かれるロザリー様のご様子を見るとその不安も薄らぎました。


 しばらく歩くと、広場のように木々がぽっかりと途切れる場所に出ました。ロザリー様はそこで立ち止まり、「ごらん、イラ」と私に微笑みかけてくださいました。

 ロザリー様のお隣に立つと、「まあ……」と声が漏れました。

 地面には絨毯のように白い花が咲き誇っていました。夜空から降り注ぐ月光も蒼いほどに白く、花々は歌うように涼しい風にそよぎました。

「とても……、とても美しゅうございますね、ロザリー様」

「ああ、そうだね」

 風に乗って、優しく甘い香りが運ばれてきました。それは澄んだ空気の中で小さな鈴を鳴らすようでした。


「以前に君は、見た夢の話を私に教えてくれたね。覚えているかい」

 ロザリー様と私は白い絨毯の端に並んで腰を下ろしていました。私は首をかしげました。

「あら、いつのことでございましょう……」

「君がまだ幼かったころのことだよ。一面に咲く白い花が歌っていたと、明るく笑っていた」

 ロザリー様は懐かしさを目に浮かべて白い花をご覧になりました。私の心の中にも、おぼろげな記憶が蘇ってきました。

「ええ、ロザリー様……。確かその花はロザリー様が咲かせていらっしゃったのでした」

 温かな笑い声をあげて、ロザリー様は続けられました。

「君も花となって歌っていたそうだね。……イラ、この光景を見た時に、君のその夢の話を思い出したんだ。君に見せたいと、ずっと思っていた」

 ロザリー様の手が私の手に重ねられました。

「ロザリー様……、ありがとうございます」

「イラ、こちらを向いて」

 ロザリー様の方へ首をめぐらせると、ロザリー様は私の頬に手を添えて唇に口づけを下さいました。驚いてしまいましたが、そっと目を閉じてロザリー様を受け入れました。


 長い口づけの後で唇は離されました。

 私の名を呼ばれるお声に顔を上げると、改めてロザリー様との近さを感じてしまいました。

「君の夢の中で白い花たちが歌っていた歌を、聴かせてくれるかい」

 耳元のささやきに全身が熱くなるようでした。

「ロザリー様、その、今は苦しいほどに、胸がいっぱいで……。とても歌うことなど、できません……」

 ロザリー様は何もおっしゃらずに私を抱き寄せられました。

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